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初めてのフランス映画

あ~、日仏景観会議の事を書いてるうちに、昔見た一本のフランス映画を懐かしく想い出してしまった。

髭生え初めし坊主頭の中学生が、生れて初めて「洋画なるもの」を子供だけで見に行った記念すべき私の初フランス映画。同時期に見た同じフランスの子供主演核問題映画「クリスマスツリー」及び、ミレーヌ・マチューの「モン・パリ~」と共に、生涯忘れがたい中学時代のフランス映画作品の一つだ。その後は、遡ってジャンギャバン「ヘッドライト」などの白黒映画の方が好きになるのだが・・・

さてさて、上の娘が、この「小さな約束」という映画を私が見た頃にさしかかってきた。非常に多感だったから娘の心も色々な色合いがキラキラしているに違いまい。あまり、邪魔しないようにしないと・・・

私は、この1973年の「小さな約束」の本まで今も大事に持っている。早見書房といって映画の原作を良く出してくれていたところだ。活字が小さくてフォントも読みづらい。でも帯には映画のシーンがプリントされていて、非常に懐かしい。探したら、シドニーポワチエ「いつも心に太陽を」なんかも埃を被って押入れから出てきた。映画の日本語タイトルは原作と全く無関係で、「小さな約束は、野ばらを意味するEglantine」、「いつも心に太陽をは、To Sir with Love」である。ま、そんな事はどうでもいいが・・・

その本の扉に、短い日本語の詩が書かれている。

少年が夢見る~天使との恋 幼い日の約束は二人だけのもの~ いつまでもいつまでも いつまでも永遠に~ こだまする~初恋の~ 二人だけの~~ 誓い~~~

というやつで、私が勝手に曲をつけて歌っていたので、節回しに「~~」が付いている訳だ。

舞台は、片田舎となっているが、古城が点在するロワール川の流域だろう。1973年に日本で公開されたジャン=クロード・ブリアリ監督の名作だが、DVDなどビデオ化はされていなそう。最近知ったが、有名な字幕翻訳の戸田奈津子さんの映画字幕デビュー作品らしい。フランス語なのにチョッと不思議だが、英語じゃ字幕業界に割って入り込めなかったのだろう。誰にも苦労した下積み時代があるものだと再認させられた。 

当時、映画は映画館で見るものと決まっていた。中間テストや期末テストが終わると、仲間と一緒に洋画館に直行していたが、そんな日ばかりは「3本立て」を見て遅くなっても、親からも学校からも全く文句は言われなかった。 ゲーム機やゲーセンもエロネットもブログも携帯も無かったので、勉強とスポーツと読書と映画と音楽とに明け暮れた。ガールフレンドなんて鼻血が出そうな不純なものには時々しか縁が無かったので、少年に自由な時間はタップリあった。

 

 

 おばあちゃんとの小さな約束を、早朝の墓地でひとり果たすレオポルの姿には、あふれる涙を拭いきれない。レオポルとポーリーヌの、ちゃんと男と女としての関係が成立した交流がまたいい。まもなく持ちあがるであろう彼ら両家の争いが二人をどう変えていってしまうのか。「屋敷はいつか買い戻そう」というポーリーヌとの小さな約束は果たせるのだろうか。「子供の時」の終わりを自覚して懐かしむようなレオポル奏でるチェロの旋律があまりに切ない。(<この部分、良い表現なのでコピペ)

あ~、今はお金は少しあるし、元気と好奇心も少し残っているが、何しろ時間が無いし自由も無い。下らん映画がドンドンDVD化されてるのに何故「小さな約束」がビデオ化されていないのか?と少々不満に思っている。今度、戸田奈津子さんに「あなたのデビュー作なんでDVD化をしてください」とお願いしようかなと思っている今日この頃、でした。 

 

読んでくれてどうもありがとう。 

 

(参考までに映画のあらすじなど、コピペ) 

宣伝コピーは: あの幸せは、もうかえってこない… 過ぎ去りし日の想い出を胸に レオポル少年が奏でる 愛と哀しみのセレナーデ… 美しき田園に花ひらく さわやかな感動と 詩情あふれる愛の秀作! 

 

その日、フランスの片田舎にある寄宿学校の中は、生徒たちの歓声でわきたっていた。今日は二学期の終業式で、明日から待ちに待った夏休みに入るのである。生徒たちはそれぞれの楽しい計画を胸に秘め、帰宅の準備をしていた。ところが、レオポルだけは、一人浮かぬ顔をしていた。それもその筈、彼の成績は前学期はビリ、今学期も二十四人中、二十二番というありさまで、本来なら夏休み返上で補習を受けなければならないところを、彼の祖母のたっての望みで辛うじて帰ることができたからだ。宝物のチェロを大切そうに抱えたレオポルは、校門で待っていた馬車を見つけ、御者のギョームの横に座った。馬車は美しい森を抜け、懐かしい我家に向った。家に着いたレオポルは、両親と顔を合わせることを気まずく思っていたが、運よく二人とも祖母と一緒に外出中だった。彼はまっ先に従妹のポーリンのいる庭へとんでいった。二人の姉と遊んでいたポーリンもレオポルの姿を見ると駆け寄ってきた。二人は、祖母が帰宅する前に、彼女の大好きな野バラを飾っておこうと、中庭へ野バラをつみにいった。レオポルが祖母と顔を合わせたのはその晩のことだった。翌日、祖母はレオポルとポーリンを連れて、森へピクニックにでかけた。祖母は久しぶりに家に帰ってきたレオポルのために、いろいろな計画を立て、二人も祖母と遊ぶ毎日をこのうえなく楽しみにしていた。そんな祖母への感謝をこめて、幼い二人はささやかなコンサートを開き、レオポルのチェロとポーリンのピアノによる二重奏を披露した。数日後、レオポルとポーリンは祖母に連れられて市場にでかけた。祖母がレオポルに新しい帽子を買ってくれるというのだ。彼に合いそうな帽子を探しまわった末、しゃれた鳥打帽を買うことに決めた。家に戻ると、ポーリンも買ったばかりのその帽子をほしがったが、祖母に買ってもらった大切な鳥打帽子をレオポルは手放そうとしなかった。そのかわり、彼は小さなレディに宝石を贈ろうと、伯母の宝石箱から指輪を一つ盗んだ。ところが彼はポーリンの誕生日のパーティの席で指輪をおとしてしまい、皆に知れわたってしまった。しょんぼりするレオポルに、ポーリンはチョコレートケーキを贈って慰めるのだった。夏休みも終りに近づいたある日、祖母のボーイフレンドのクレマンがパリからやってきた、その夜、クレマンはパリみやげの新しいダンスを披露したり、パリの話をしたりして、皆を喜ばせ、祖母もピアノを弾いたり踊ったり、何歳も若返った様子だった。やがて、長いようで短かい夏休みも終りを告げレオポルは一人淋しく寄宿学校へ帰らなければならなかった。それからしばらくたって、レオポルが授業を受けているとき、彼は校長に呼びだされた。それは、思いもよらない知らせだった。夏休みあんなに元気だった祖母が、秋の訪れと共に突然逝ってしまったというのだ。レオポルは迎えの馬車に乗って家に帰った。彼は大人たちが止めるのも聞かず、祖母の眠るベッドにかけ寄った。祖母はまるで眠っているようにやすらかな顔をしていた。幼いレオポルとポーリンにとって更に悲しいことには、祖母の死によって、今まで一緒に暮らしてきた二つの家族が別れなければならなくなったことだった。しかし、二人は、大人になったらまたこの家に帰ってこようとかたく約束した。翌朝、朝もやにつつまれた祖母の墓の前に、生前、彼女が愛した野バラで作った花束をささげ、彼女が好きだったチェロを弾くレオポルの姿があった。

 

 

(戸田さん自身のコピペ) 

「通訳の戸田さん」として、映画会社に顔と名前を知られるようになっても、字幕をやらせてくれるところはなかなか現れませんでした。私が字幕翻訳をしたがっていることは、業界のだれもが知っていました。でも、映画1本の字幕を作るには何十万円というお金がかかるため、なかなか新人には任せてもらえない。あいかわらず字幕の世界は、日本第1号の字幕入り映画『モロッコ』(30年/31年公開) のころから活躍されている10人足らずの先輩たちで占められていて、とても新人の入りこむ余地はなかったのです。
そんな保守的な風潮にいらだちを感じているとき、やっと第一フィルムという会社から、『小さな約束』(72年/73年公開) というフランス映画の字幕をやってみないかと声がかかりました。待ちに待ったチャンスの到来だけに、私の意気込みも相当なものだったと思います。
試写を見て、「1秒間に3~4文字」といった原則を教えてもらったあとは、原文の台本を家に持ち帰り、ひとりで訳と格闘する日々が始まりました。「新人なんだから時間をかけてもいいよ」と言われていたので、何度も何度もことばを練り直し、推敲を重ねていきました。その字幕が付いた試写を初めて見たときのことは、いまも忘れられません。  自分では、「これで完壁だ!」と思っていたものが、あまりにも画面と合っていなかったことにガクゼンとしてしまったのです。