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Back To The Street ふろむ診療所

久しぶりの湯布院(2)

翌 日曜日の朝は7:00に目覚ましをかけて旅館近くの「金鱗湖」に出かけようとしたが、昨夜遅く寝たので一同布団から出ることがズルズルと遅くなり、妻の顔作りにも時間を要したために朝霧に煙る幻想的な湖面は今回見れなかった。前回はもっと冷え込んでいたので絵葉書みたいな風景だったのだが・・・残念。

早朝からアマチュアカメラマンが三脚を立て、レンズをトッカエひっかえしながら旅館の敷地内で紅葉の写真を撮っていた。この時間帯は旅館の方もうるさく言わずに、いかにもカメラオヤジには立ち入りを黙認しているようだ。昼近くなってゾロゾロと観光客が旅館宿泊エリアの敷地内にまでするのは、さすがに追い返していたが、門の外には静かな環境は残されていなかった。

 

昨日の嵐が去り、朝から爽やかな秋晴れで、宿泊エリアは静かな別世界だった。真っ赤に色づきだした鮮やかな紅葉には、一同しばし感動。娘達もデジカメの構図を色々工夫して楽しんでいた。そして朝食の9:00までの時間、家族みんなで大浴場へ。深夜に男女風呂の入れ替わりで、今朝の露天風呂からは由布岳西峰がまじかに見える。空気も澄み切り、山頂の動く人影を探したが時間が早いのか見えなかった。今朝の大浴場も独り占めだったが、満室なのに皆どこで何してるのか?と昨日から不思議ではあった。上がろうとした時やっと3人連れが入ってきた。

風呂の出口で子供達と待ち合わせして、自分達の離れに帰る途中、昨夜クライスラー等の音楽を堪能した談話室に立ち寄りコーヒーを頂いた。備え付けの思い出帳に「何か書いたら?」と奨めると、下の子が先日の文化祭の時の俳句を書いた。雨上がりの朝だったので確かにピッタリだった。上の子にも俳句を奨めると、先ほどの風景を思い出しながら即興で一句詠んで記載した。

  木もれびが もみじを照らす 由布のあさ

「さすが私の娘」と、マタマタ 朝から親ばか でした。ちょうど朝食が準備されてそうな時刻に部屋に戻ると、先に戻っていた妻が部屋の露天風呂にお入りあそばされていました。迫り来る皮膚の老化に少しでも活をもらおうと必死の努力をしていたのでしょう。効果のほどは分かりませんが、楽しい時間を過ごしていたようで私も嬉しくあります。今回の離れは、今まで宿泊した中ではチョッと「普通」という感じでしたが、記憶の無い子供達は楽しそうに縁側で写真を取り合ったりしていました。

チェックアウトの11:00、フロントは大変な混みようでした。部屋数は二十ほどなので、みんなが一度にチェックアウトしている印象でした。最期の一分まで旅館を楽しもう・・という貧乏根性を皆さんお持ちのようでした、もちろん我々も。その後、車を旅館に置いたままお土産を探してウロウロしながら、紅葉も少し眺めながら、他の人にぶつからないように、子供が迷子にならないように気をつけて歩きましたが、さっきまでの静けさとは別世界です。「風のハルカ」の影響もあるのか、湯布院は、来る度に混雑がひどくなるようです。あんな狭い道に大型バスを何台も乗り入れたら離合も出来ずに雰囲気ぶち壊しですね。我々は、玉の湯わきの小道をめぐり、客の絶えない蕎麦屋さんで昼食をとり、以前何度も足を運んだクラフトショップへ行きました。良いお店なんですが、メインストリートに類似の店がオープンしたからでしょうか、ごった返すその店と対照的に客が全くいませんでした。何も買わずに出て来るのが気の毒なほどでしたが、診療所も近くに新しいのが出来て寂れる事もあり、我が身を振り返って自省しました。「何事も驕る事なかれ・・」です。

その辺りから見上げる由布岳は非常にシンボル的な姿を見せています。今日は美しく晴れ渡り、頂上付近の岩や木まで見えるようでした。私は、10歳の時に初めて由布岳東峰に登りました。夏の事でしたが、美しい眺めを今でも覚えています。湯布院駅前のバスターミナルで夕立を避けていたときに目の前に落雷があったのと、「フランシーヌの場合は・・」という新谷のりこの歌が流れていたのを忘れられません。娘達に、「来年の夏に登ってみようか?」といってみましたが、返事はありませんでした。多分、無視されたんでしょう、しょうがないですね。

この後どうするの?って娘が聞くので、「馬でも乗りにいくか?」と振ってみると、意外にも全員「YES」でした。それで、九重町の乗馬クラブへ向かう事にして湯布院を離れました。また戻ってくる事になるとは、その時点では思っていませんでした。

 

読んでくれてどうもありがとう。