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初恋

私は今夜もいそいそと放課後の研究会に出かけていった。夜9時に終了して車で帰宅途中に、NHKラジオ第一放送の番組でゲストの女優さんが、島崎藤村「初恋」を朗読していた。あまり上手な朗読とは感じなかったが、30年以上の時を超えて、甘く切なく苦しい想い出が一気に私の胸に甦って来た。今もなお不思議と完璧に記憶にとどめているその詩が、私の口からスラスラと迸り出てきた。そのことが嬉しかった。

不覚にも涙が溢れてきて前方の車のヘッドライトが眩しかったが、この感情を忘れないうちにここに記し残そうと思った。今宵、私は幸せな気持ちになれた。恋多き私にとって、どの人が本当の初恋の相手であるかハッキリしないのは不幸ではあるが、あの「女性達」は今どこでどう暮らしているのだろうか?幸せだろうか?彼女にソックリな娘がいるだろうか?

 

私の娘達も、もう直ぐ思春期で、そういえば既に前髪をいつもあげている。彼女達にも幸せな日々が訪れて欲しいと父親として願っている。しかし、時代の変化は恐らくや恋愛の在り様まで変えてしまっているに違いない。携帯電話メールは決してラブレターとはなりえない。

内外の古典詩集や純文学恋愛小説を読み漁る時間を、現代の少年少女達は持ちえるのだろうか?世界史履修の余裕もないようなので非常に心配だ・・ ゲーテリルケの詩集を、いつも学生かばんに忍ばせていたあの頃が無性に懐かしく感じられる。

 

  

  初恋    島崎 藤村

  まだあげ初めし前髪の
  林檎のもとに見えしとき
  前にさしたる花櫛の
  花ある君と思ひけり

  やさしく白き手をのべて
  林檎をわれにあたへしは
  薄紅の秋の実に
  人こひ初めしはじめなり

  わがこころなきためいきの
  その髪の毛にかかるとき
  たのしき恋の盃を
  君が情に酌みしかな

  林檎畑の樹の下に
  おのづからなる細道は
  誰が踏みそめしかたみぞと
  問ひたまふこそこひしけれ

      「若菜集」 明治30年刊より

 

読んでくれてどうもありがとう。