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2008年9月某日 逃散の行方(3)

新卒医学部生、勤務医、大学教授と続いた2008年夏の医師たちの逃散行動は、当然のように今度は開業医にも波及した。

2008年4月の大幅な診療報酬削減と金利上昇で、新規開業がこれまでのやり方では完全に採算が取れなくなっていた。このため、設備費のかかる重装備内科などでの新規開業は激減し、患者の大病院志向に対応するためにも大幅な業務見直しが必要であったのも事実である。しかし、開業医の拘束時間は勤務医と比較しても尋常ではなく、借金の個人補償や倒産の恐怖などを勘案すると、家族の生活を犠牲にしていたのは勤務医以上だったかもしれない。

開業医達が選択した道は幾つかあった。

かつての様な典型的開業医を続けるものも60歳以上の開業医には少なくなかったが、保険適応除外の拡大などで負担増となったため患者数も激減しており、将来的な展望もなく、職員達は給与削減の現実を突きつけられて次々に開業医の元を離れていった。彼らには、自然なユックリとした黄昏が待ち受けているだろう。子息に後を譲ろうと願う気持ちはあるものの、そのやり方についてのヴィジョンはぼやけていた。

大手の医療チェーンが運営するクリニック『シックス ナイン』は、その名の通りのフランチャイズ制のコンビニ風診療所で、早朝6時から夜9時までを診察時間にして年中無休を謳っていた。「何でも診るが、何でも不充分でいい加減」であることは客である患者は承知の上で来院していた。マニュアルが全ての診療スタイルは、「今どきの当て字で名前の読みにくい若者や子連れ」には何故か人気があった。携帯メールでの予約も受け付け、ポイントカードもあって、ポイントが貯まると、「性病予防コンドーム」や「性病無料定期点検サービス」が受けられる仕組みだ。クリニック玄関前には、しゃがんでタバコをくゆらす中学生達やケツの割れ目がモロ見えの女性達が騒いでいたが、派手な制服を着た派遣事務員は注意をしようとはしない。駅前ビルや郊外の潰れたコンビニの空き店舗に、『シックス ナイン』が次々に入り始めたが、マトモな大人たちは名前と客層に威圧されて受診を控える傾向があったため重症患者はまず来院しない。年棒700万円の二交代制の仕事環境も、「これじゃそんなものだろうな・・」と医師達はバイト感覚で割り切っていたが、結婚できない医師が増えだしたのもこの頃からだった。

 

そして、もう一つの最もトレンディーな「逃散」のタイプが、今年の4月以降に各地で急激に増えている。従来型でもシックスナイン型でもない『自由時間型』である。彼らは自らを逃散開業医とは考えていない。勤務医としても一流、充分に勤務医としても開業医としても活躍してきた。仕事中毒のように働いて、気付いた時には家族との時間や自分の若さがなくなりつつあるのに気付いた。きっかけは、やはり最近の訴訟の増加と報酬の削減。常識ハズレの患者に合わせる努力に心身ともにアレルギー反応がおこりだしてしまった。気質の合わない患者を診る努力からの「逃散」だとも言えよう。これらは開業医生活を見直す良いきっかけともなった。既に借金をおおかた払い終わり、今までの開業医が諦めていた自分と家族の自由時間を持ちたいと願っているニュータイプの開業医達だ。彼らは一様に多趣味で多才で行動的で、ある程度仕事も出来て患者にも人気があった。しかし、診療報酬削減と厚労省のイジメと医師会崩壊のせいで、自由に開業をしようと思っている主に40~60歳の活動的な開業医たちだ。

彼ら自由型開業医は「自由診療」をしているわけではなく、保険診療のまま診療時間を自由にしたわけである。これまでの月~土の9時から6時という一様な開業時間を止め、休日や早朝と夕方などに自由に時間を設定して、それ以外の時間を完全に自由に使うのである。往診は大病院の往診部門が積極的になってきており、既に一人だけの開業医が苦労して行う状況ではなくなって来ている。当然といえば当然だが、彼は往診もしないし、時間外も受け付けない。応召義務は既に死語になっていた。

大病院の外来診療に対抗する気持ちは彼らには少ない。大病院が診ていない時間、例えば朝7時から9時と夕方5時から8時などを通常診療時間にして、残りの9時から17時までは自分の時間として各種スポーツしたり、裸婦像を描いたり、匿名ブログしたり、不倫デートしたり、恋愛小説を書いたり、家庭菜園したり、医療裁判の傍聴に行ったり、患者として精神科に行ったり、ネットで株のデイトレやったり、皇居清掃ボランティアをしたり、国会議員活動したり、他の仕事したり、ママの旦那をやったり、パチンコに行ったり、風俗店に行ったり・・・何でも好きな事をするわけである。勿論、知り合いの医師が困っていれば応援に駆けつけるが、お金のためではない。なかには土日祝の午前のみ診療時間に設定している週休5日制の医院もあるという。ニッチ産業ならぬニッチ開業医である。結構今どきは需要も見込めるし、二進も三進も行かないことはないという。

当然、時間を絞れば収入も多少減るが、患者さんが好む時間に合わせて診ることも可能で、趣味と開業医の両立は難しくはない。細切れ時間なので常勤スタッフもいなくなり、全てパートで経費もへる。少なくとも仕事や学校の生徒には喜ばれる時間配分が可能だし、経済的に成り立てばOK・・と考えれば気持ちは楽だ。シックスナインに医師の魂を売るのは絶対嫌だし、大病院との過当競合もなく、真の病診連携も不可能ではない。仮に早朝診療だけでも、内視鏡検査やエコー、採血検査の人には好評だろうし、早朝高血圧診療の急速な進歩がもたらされるかもしれない。

自由気ままに地域事情に応じて診療時間を工夫して、あくせくすることなく、自分の時間を充分に持ちながらの開業医の姿がそこにあった。開業医の「逃散」とは、銀行と税務署のためにガムシャラに働くのではなく、自分自身のために人生の楽しみを再発見したい・・という、ごくありふれた当然の願いから生まれてきた。税金を無茶苦茶たくさん納めない事が如何に精神衛生上楽なのか・・という単純な事に気付いた開業医たちの「逃散連鎖」の輪は止まりそうもない。

  (毎朝読新聞  青木記者 2008年9月某日)

 

読んでくれてどうもありがとう。