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ガンジス川の沐浴

今日は両親のインド旅行3日目。昨夜はベナレスに宿泊して、早朝から朝ごはんも後回しに、母が最も楽しみにしていたガンジス川の沐浴を見物に行っていることだろう。今回のインド旅行を主張した母の最大の目的地にしてハイライトが“聖なる河”として信仰を集めてきたガンジス川だった。ボートで川の中から川岸を眺めるだけのようだが、自分も沐浴するつもりで母は出かけていったのかもしれない。添乗員に駄々をこねて、ガンジスに飛び込んで溺れ死んでもらっても困るので、老人夫婦らしく静かに雰囲気に浸るだけにして欲しい。

今回のベナレスは中流域の交通の要所にあたり、シバ神を祀る町として古くから栄えたヒンドゥー教の聖地だそうだ。川岸には約6kmにわたり、沐浴場(ガート)が点在するという。どこでもOKというわけでは宗教的にも安全面でもないのであろう。

調べてないので何にも知らないが、多分沐浴はヒンズー教の習慣なのだろう。市内の沐浴場は一般に開放されており、信者と世界中からの観光客で早朝からにぎわうようだ。早朝じゃなければ、臭くてダメなのじゃなかろうか?と心配するが、インド人にとっては余計なお世話なのだろう。しかし、仏教徒の日本人が大勢行きたがるのはどうしてだろうか?現地にたつと霊験新たかな雰囲気を感じられるのだろうか?何となく臭くて汚くて、動物や人の死体も流れてそうな気配が写真などでは感じられるが、相当に広い川なのだろうし、透明でないのが逆に良いのかも知れない。

 

ヒンドゥー教では、現世の行いで来世の幸せが決まるため、ヒンドゥー教徒なら誰もが一度でいいからガンジス河で沐浴し、現世での罪を洗い流し、身を清めたいと願っているらしい。また、輪廻転生の業から解放されるという教えから、ここで火葬した灰がガンジス川に流されることでも有名とのことだ。

 

私の家も3方を掘割に囲まれている。小さい頃からよく泳いだし、その昔は人も馬も堀で身体を洗った時代もあろう。今は味気ない護岸工事で消滅したが、小さい頃は近所に「馬洗い場 ウマレバ」というのが有って、沐浴じゃないが農作業帰りの清め場があった。

全然規模が違って宗教色も皆無だが、今でもお盆の船や大綱を川に流す習慣は残っていて、人間にとっての川、特に大河はシンボル的な大きな意味合いがあるのであろう。古来より大河の周りに都市が出来るのは、生活に有利なためばかりでは多分有るまい。精神的な意味合いが大きいのであろう・・・

今夜は満足してグッスリ寝るのだろうか? それとも、興奮して眠れなくなるのだろうか? 

 

読んでくれてどうもありがとう。