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救急医療に対する想い

 2006年10月20日、僕が当ブログを初めて書いた記念の日。あまり医療事故とか医療裁判の記事を書いてこなかった(5%未満)が、初日に書いたのは「救急医療」の話だった。

アレから約一年3ヶ月が経過したけど、救急医療や医療事故に関しての僕の気持は不思議と全く変わっていない。変わらなかったので書けなかったのかもしれない。以下の様に今も感じる。

あの当時、一日のアクセス読者は僅か100人程度で、誰からも忘れられた記事になっていると思うが、実は【僕が最も読んでもらいたい記事】であるので、そのまま再掲したい。

この記事は、僕のブログを読んで頂いている一般の方、マスコミの方、政治関係の方 全てに理解して欲しい救急医療に携わる医師の偽らざる気持です。

 

医療、特に救急医療は嵐の中を飛ぶ飛行機だと思うんです。

パイロットの仕事も大変でしょう。きっと、どんな仕事も大変でしょう。しかし、救急医療は少し誤解されてますよね、一般の方には。私は、もっと救急医療にたずさわる医師の仕事を知ってもらう努力をすべきだと思うんです。

嵐や台風の迫り来る際、安全第一に飛行機は欠航しますよね。船も運休し、最近では電車やバスや高速道路も止まってしまいます。地震があると一旦列車や車を止めて点検してから運行再開です。台風で停電しても、電力会社は風が少し治まってから修理に向かいます。戦争だって、天候が悪いと一時停戦したりします。それは、仕事としては当たり前だと思うんです。誰もブツブツは言っても、大きな声で文句を言う人は極めて少ないでしょう。

 

救急医療はどうでしょう?   例えはキレイではありませんが、重症患者が搬送された途端、まるで嵐に遭遇した状態ではないでしょうか? いわば、救急担当の医師は台風が迫ってきてから飛び立つ飛行機のパイロットだと思うんです。どんなに雨風が強くても、是非直ちに運ばなければならない患者が乗り込んでくれば、私達は飛び立たない訳には行きませんよね。安全のために明日まで待って下さい・・って言えません、例え本物の台風や地震の時でも。嵐の中を必死の思いでテイクオフしてもダッチロールしてエアポケットに沈んで、失速墜落の危機を乗り越え、時には北に向かう予定が南に進路を変え、燃料が持ちそうに無いと緊急着陸を試みる。たまには、外見は立派でも無茶苦茶整備不良の飛行機を操縦せざるを得ませんね。でも、何とか殆どの場合は途中から視界が開けてきて、遠くに滑走路が見えだして、ユラユラしながらもタッチダウン出来るんです。晴れた空に気持ちよく飛び立つフライトなんて存在しないんですね、救急の現場には。

もし大都会の飛行場なら、大型ジェット機なら悪天候であっても計器飛行や管制塔も手助けしてくれ、何とかやれる確率が高いし、着陸時には相当数のレスキュー隊が滑走路に集結してくれます。そういう意味では、大都会東京の一流病院なら大抵の天候でも比較的安全に飛行機を飛ばせるかもしれません。それでも、嵐の中のフライトは極めて危険です。

しかし僻地医療の現場はというと・・・    これは、小型プロペラ機を悪天候の中で無理して飛ばせと言われてるようなもんです。相当な経験があっても一人で視界不良の中で目的地に管制塔からの誘導も無く、無事にたどり着くのは極めて難しい。ハッキリ言って、飛ばなくてもよいなら誰も飛びません。しかし、医療の現場では、どんなに悪天候であっても社会が運休を許してくれなくなっています。しかも、初期の大西洋横断の際のリンドバーグみたいに、墜落を避けるためには眠る事も出来ずに根性だけで・・・ 「翼よあれが街の灯だ・・」って、毎回ひやひやものです。  開業医は僻地勤務医ほどではないでしょうが、家族や職員の人生を背負っているので矢張りヒヤヒヤなんですね。一応、ほとんどの場合には飛ぶ距離が短いフライトばかりなんで何とか嵐の中でも飛び上がるわけですが・・・・

 

だから、救急医療は辞めさせてくれ・・と言う訳じゃないんですね、皆さんは。他の人が避難する程の状況下で飛び立つ姿に気付いて欲しい、認めて欲しいんだと感じます。

 

二度も読んでくれてどうもありがとう