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海堂君、あれで良いのか?

他の人のコメントやら映画講評などを一切読まずに、僕の素直な「海堂フリーク」の感想として書かせて頂いた。ネタバレありで、参考にはならないと思うが・・・

 

m3ブログ界?随一の「海堂フリーク」と自認する僕が、昨日一人で【チームバチスタの栄光】を観て来ました。妻子は同時刻に別の映画を観ましたが、残念ながら【映画バチスタの堕落】だったと「映画批判」をしておきましょう。

 

海堂さんんは「脚本には指一本触れず、追加のセリフ挿入要求を拒否された。最後のシーンに隠喩として取り上げてもらった」とHPに書かれていて、「作品の一番の魂を実写化したので、映画もチームバチスタの血脈」だと”苦しそうな”著者としてのコメントを残しているようだが、僕は・・・残念でならない。

『海堂君、あれで良いのか? 映画化は悔やんでいないのか?』と、面と向って海堂さんに言いたいのである。

 

小説としての【バチスタ】の凄さは”言葉”にこそあった。それは、愚痴外来の田口も、厚生労働省大臣官房秘書課付技官の白鳥も、東城大病院院長の高階も、その他の登場人物たちも、圧倒的な”言葉”のやり取りの中で上質な医療ミステリーを描きつつ、昨今の医療現場の抱える問題点をあぶりだしていったからこそ世間の多くの人に高い評価を得て、続編が素直に受け入れてもらえるようになったのであろう。

しかし、今回の映画・・・続編を許容されるほどの質の高さは持ち合わせてはいない。

 

まず、竹内の田口先生は軟弱過ぎる。無駄と思えるソフトボールの場面を出す時間が有れば、探偵としての院内での展開に時間を割くべきだ。やはり、女性の愚痴外来では百戦錬磨の藤原婦長が全然生きてこないし、取調べ舞台が愚痴外来でなく出張なのも田口の存在を軽くしている。

藤原婦長は続編にとって極めて大切な役なので、それを軽んじたということは、TBS&東宝は続編は全く念頭に無いようだ。それは、白鳥の「肩書き」にも言える。

 

白鳥の良さは、厚生労働省【大臣官房秘書課付き技官】という長たらしい意味不明の肩書きにこそ意味があるので、名刺一枚で皆が平伏すどころか「コイツは何者じゃ?」というアブナサと不気味さが驚きへと発展していく様が絶妙だった。しかも、その影に「切れ者である高階院長が呼び寄せた」というバックボーンが院内での傍若無人な行動にお墨付きを与えるのであるが、肝心の高階院長がボンクラ院長にしか見えず、白鳥も普通の口達者な傲慢官僚にしか見えない。これでは「田口&白鳥」という超強力コンビは普通のTVサスペンスのデカコンビと大差が無い。非常に残念である・・・

 

桐生&鳴海のチームバチスタの中枢メンバーも、カリスマ性ゼロ。吉川の目付きは「鋭いが見えない」のではなく、ただ寝ぼけ眼のような死んだ魚状態で、あの須磨先生が製作発表会で誉めた理由が全く不明。第一助手の垣谷講師も鋭さが皆無で【チームバチスタ】というより【売れない地方巡業劇団】の様だった。少なくとも世界トップの実力チームの片鱗はゼロ・・ やはり映画の最大のミステイクなのではないか?

 

さらに悪いことに、犯人役の麻酔科医の氷室役の「ココリコの田中」・・・そのまんまキャラ。「超多忙」で精神を病んだ医師・・というより、知性や能力が無いのに偶然医者になって、偶然チームに入った場違いボケ芸人という感じ。あれでは、「医者は超多忙で可哀想・・ではなく、医者にも馬鹿が混ざってるので懲らしめよう」に世間がなりそうで恐い。

 

なにより不思議なのは、映画に「患者の姿」が殆ど登場しない。氷室が精神を病んだ最大の理由は恐らく「超多忙」としたいはずだが、この病院内には患者の姿が非常に少なく「超ヒマ」にしか見えない。医者がソフトボールに興じるなんて、そんな暇を演出して何になる? また、氷室に対する取調べの「アクチィブ&パッシブ フェーズ」が殆どなされていない。これでは「ロジカルモンスター」白鳥の意味はなく、小説のレベルには全く達していない。

 

白鳥がフロリダ出張で得た桐生&鳴海医師の情報も、本当は医療者の根幹を揺さぶる大切な要素であるが、これも全く中途半端。

そう、内容も、役者も全てが非常に中途半端・・・ 適当にお茶を濁したという感じ。あるいは、学芸会の自主映画と言う感じ。

 

これは映画化より「白い巨塔」のようなTVドラマ化で丹念に言葉巧みに脚本を組み立てていくべきだったと思う。フジの「鹿男あをによし」の映像化を僕は絶賛しているが、「バチスタ」は非常に残念でならない。

 

読んでくれてどうもありがとう