Welcome To The Heartland

Back To The Street ふろむ診療所

WALL・E

今週は「年越しの週」であるが、ず~っと仕事で院内で過ごすことになっており、家族みんな 「あきらめの年越し」という印象があった。しかし、昨日はちょっと幸せな日曜日となった。

土曜・日曜と夜に妻が友達(本当かいな?)と忘年会に出かけて、上の娘は勉強合宿に出かけて、僕は下の娘と残されてしまった。妻の携帯電話には深夜遅くまで不思議と繋がらず、「それじゃ不倫疑惑を抱かれても仕方ないぞ~」と警告してやった。そしたら、「あなただって時々留守電になるじゃない、何してるの?」とカウンター気味に反撃を食らってアタフタと休戦に持ち込むのがやっとだった。開き直った女は強い・・・

というわけで、残された僕は とびきり旨い「魚系スープ」のラーメンを久々に食べに出かけたあと、午後は娘のテニス教室に付き合い、その後に映画デートすることになった。プレシアターの夕食は川沿いのオシャレなレストランで、僕はカキがたっぷりのペスカトーレのほかに、旬の生牡蠣をたらふくいただいた。大ぶりの岩手産と小ぶりな長崎産・・・僕は岩手産の方が好きだったな。全部で20個は頂いたが、世界中どこで食べても僕は牡蠣で中ったためしがない。

 

そして娘と観たのが【WALL・E】というアニメ映画だった。な、なんと吹き替え版だったが、時間の都合上仕方がなかった。

 

ところが、映画が始まってすぐに、あまりにも静か過ぎるので僕はウトウトと寝てしまった。どうせ子供向け、という先入観も手伝ったようだ。場面は廃墟となった無人の地球で黙々とゴミ回収をする孤独なロボットしか出てこない。当然ながら会話が無く、非常に静かだった。

ところがところが、途中から無茶苦茶 感心させられることになる。ちょっと、評論家の意見を引用する・・・ 

人類が消え去り、荒れ果てた地球に残されたゴミ処理ロボットのウォーリーが、700年目にして舞い降りた最新鋭の美しきロボットに恋焦がれ、彼女を追って未知なる宇宙へ飛び出した――
そんな発端に本編の約半分の時間をかけ、情感豊かに魅せまくる。片言しか喋らないロボットを動きや表情のみで描く技は、ピクサーの表現力の独壇場だ。長い孤独の中で彼は蒐集癖を身につけ、文明の残骸から人間的な温もりを発見しては、情緒を育んできたという設定が妙に切ない。コレクションの中でも重要なのが、ミュージカル映画「ハロー・ドーリー!」のVHSテープ。内気な青年が都会へ繰り出して女の子にキスしたいと願い、夢を叶える歌と踊りを引用し、寡黙なロボットの願望を代弁させる演出には、もう唸るしかない。  
最も驚くべきは、宇宙で生き延びていた人類の姿と虚無的な暮らしぶりだ。彼らは、デジタルライフに溺れて居ながらにしてすべてを処理する、メタボで怠惰な現代人の末裔そのもの。爛熟した消費社会こそが世界の終末であるという予言がリアルな警鐘として響き渡り、人類が廃墟の中に捨て去っていた人間性を、ウォーリーの愛と情熱が覚醒させていく展開が素晴らしい。間口の広いボーイ・ミーツ・ガールのラブ&アドべンチャーから、シニカルな風刺で今を射抜く寓話へ。これは、ゴミだらけになった昨今のハリウッド映画の中でまばゆい輝きを放ち、映画の醍醐味を味わわせてくれる刺激的な傑作である。(清水節)(eiga.com)
 

実によく出来た話、美しい映像、小気味よいスピード感、そして・・・・静かな感動。まるで、「ノアの方舟」と「2001年宇宙の旅」と「チャーリーとチョコレート工場」と「ET」を総合したような雰囲気の映画だった。

 

終わるやいなや、『これは傑作、凄く面白かったね』と言うと、娘は『でも、パパは前半ほとんど寝てたじゃない?』と返してきた。う~ん、妻譲りの辛口を否定はしないが、実にすばらしい映画だと思う。特に、映画に登場した「メタボ人間」に共感を覚えてしまった。デブで、歩くのがやっとの未来人・・・ コンピューターに操られる、まるで「ハル」の如く。

 

でも、とにかく素晴らしい映画だと思う、素晴らしい・・・それにしても悲しい人類の将来像なこと。

 

こうして映画が引けたあと、僕らは妻が出かけてしまった家に帰宅して、お風呂に入って、お菓子を食べてメタボ化推進に精を出し、「今頃どこで妻は誰と本当は何をしてるのかな~?」と秘かに悪口を言いながら一緒のベッドにもぐりこんだのでありました。

妻の帰宅は案外早く、前夜の反省があったようでした・・・

 

読んでくれてどうもありがとう