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半日回峰行(後編)

日曜日の「半日回峰行」を無事に終え、世俗に復し 病に患う人々や 世の不条理に対峙しつつ、我が下半身は主の意に反し ガチガチに硬くなり、僅かな接触に際しても過剰なるほどに敏感になっている・・・

 

まるで、「半日」ではなく本当に「千日回峰行」を終えたような昨日今日の冴えない体調であり、我ながら実に情けない。しかし、皮靴に パソコンを詰めた手提げ黒カバンに スラックス・・・およそ、延暦寺詣で・山歩きの姿ではなく、品の良いエリートサラリーマンの姿そのものであったから、信心深き周囲の人々はさぞ驚いたことであろう。

 

さて、比叡山山頂で快適なロープウエイに別れを告げ、草臥れた中年医師はあえて 金をケチり 有料シャトルバス乗り場へは向かわず、道標に引き込まれるように先日の雨に少し泥濘の残る小道へと皮靴に包まれた足を踏み入れた。

 

目指す根本中堂の存在する東塔エリアまで約2キロ、たった30分程しかないという。幸いなことに見渡す限り下り道の様だ。泥濘を上手に避けながら 滑らぬように 転ばぬように、かといって下ばかり見て鳥や木々や遠くの風景を見のがさぬように、更には野猿や美女に襲われぬように注意深く歩を進めた。

 

心地よい風が頬の汗を乾かし、時おり洛北の風景や北山の景色が木立の合い間から観えるのだが、あいにく霞んだ比叡山だった。それでも小鳥の声は周囲から美しく聞こえる・・・

 

そして下りばかりだったゆえ大した苦労もせず 程なく東塔エリアと西塔エリアの分岐点となる山王院に辿り着いた。もう少し千日回峰行の(あじゃり)僧の気分を味わいたかったので意外に短い行程に少々驚いてしまった。

 

と言っても、最澄の御廟の存在する西塔エリアへ先に行ってしまうと 東塔エリアに戻るには一時間以上余計に歩くことになり、少なくともその半分は上り道だと計算が働き、僕は躊躇なく西塔行きは躊躇することにした。次回のお楽しみに残しておこう・・・(本当は既に足がパンパンだったからだが)

 

 

さて、比叡山を30年前からことあるたびに眺め、宗派違えど機会があれば是非一度は登りたいと思っていたが、今思えば大きな勘違いをしていたようだ。

北東鬼門を守る意味で比叡山延暦寺は京都の寺と思っていたが、実は滋賀の寺の様だ。ただしくは琵琶湖と不可分の関係の寺院なのではないか?

 

法然栄西・親らん・日蓮道元などなど名だたる宗祖が京都側へ山を降りている?が、全てではなく、別れた三井寺など琵琶湖側へ下りることも普通だったのであろう。信長の比叡山焼き討ちは京都側ではなく琵琶湖側からの攻めだったのではなかろうか? 降りるとしたら登るのはどう登ったのか?

 

史実は何も知らないが、全国の秀才たちが延暦寺を目指す時には、難波から船で淀川・宇治川瀬田川へと遡り 琵琶湖に達し、そこから現在の坂本ケーブルの様に山道を延暦寺を眼に捕えながら目指すルートが1000年前には普通だったのではなかろうかと素人ながら感じた。京都側からだとしたら なんとなく似合わない気がする。

 

まあ、そんな勝手な想像・妄想はこのへんにしておく。しかしながら、初めて訪れた根本中堂・・・素晴らしい雰囲気だった。

 

あたりには紫陽花が美しく、家族や通院して頂いている皆様のことを思いつつ鐘を突かせて戴いて、根本中堂で「病気快癒」祈願のお守りを買ってきた。さぞ、霊験あらたかであろう・・・

 

根本中堂の内部は撮影禁止・・・さもありなん、小心者は規則を守る。しかし、探せば案外と写真はあるもので、どこかの誰かが撮影していた内部の写真を下に2枚のせておく。

 

ただ、この方も「堂内」に関しては撮影の勇気がなかったようだ。確かに、堂内部の雰囲気は凄く、とうてい写真で表現できるものではなく さすれば罰が当たるだろう。やはり静かにお参りし 心を空にして頭を垂れるのが良かろうと思う・・・

 

こうして僕の東山36峰(のうち2峰)を駆け巡る「半日回峰行」は終わった・・・ 旅は楽しい、友は大切、自由は貴重、健康が一番

 

読んでくれてどうもありがとう