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プロフェッサー・ワキザカ の ピッケル

僕はいま診療を休んで夏休みにスイスのグリンデルワルドに来ています。どうです、羨ましいでしょう? 手には新田次郎氏の昭和39年の紀行文「アルプスの谷 アルプスの村」という本があります。僕がまだ幼稚園だった頃の本です。当時気象庁職員だった新田次郎氏の最初のアルプス旅行でしたが、僕が最初に行った昭和60年当時とあまり変わっていないような気もします。

 

それにしてもアルプスの谷や村や山を旅した新田氏の紀行文は凄く面白いです。流石に新田氏のアルプス紀行だと感心しています。

その中で、「プロフェッサー・ワキザカ」という名前を発見しました。新田氏がグリンデルワルドの老ガイド・シュトイリ氏の宿に到着した晩、日本のあるプロフェッサーが宿泊していたそうです。

新田氏が名前を聞きますが、主人は「名前なんてどうでもいい。日本から来たプロフェッサーだ」と言ったとか。

また、ピッケルの名工ベント氏の工房で見せてもらった日本のプロフェッサーが注文したピッケルには「ワキザカ」の名前が刻まれていたようです。他に本には何も記されていないことから、当時の新田氏は「ワキザカ教授」が誰なのかご存じなかったような感じです。

  

恐らく、「脇坂順一 久留米大学医学部外科教授」のことではないか?と推測しますが、後に登山家としても有名になられたので新田氏も後には「あ~あの時のプロフェッサー」と思い返されたのではないでしょうか?

 

山をこよなく愛した医師   脇坂 順一 氏

 
久留米大学医学部名誉教授の脇坂順一さんが平成15年3月5日、肺炎のため亡くなりました。89歳でした。
脇坂さんは昭和27年、九州大学助教授を経て久留米大学教授に就任。「治療即奉仕」をモットーに脇坂外科教室を設立し、胃がん、胃潰瘍など消化器疾患患者の診療に当たりました。脇坂さんが執刀した症例は数千におよび、国内有数の外科医として高く評価されました。
また、早くから無医村や医療過疎地域などのへき地医療問題にも注目。アフリカのシュバイツァー博士のもとでの医療奉仕活動やネパールでの医学調査、沖縄離島での医療奉仕などにも尽力しました。
研究では、手術後の肺水腫の予防治療に取り組み、重度の症例の救命方法を確立。これらの成果は、内外の学会で高い評価を受け、61年には勲三等瑞宝章に輝きました。
登山家としても有名で、国内を始め中南米、ヨーロッパ、ケニアなど世界の峰々に挑戦。75歳でスイスのマッターホルン、80歳で最高峰のモンブランなど4千メートル級のアルプスを征服しました。平成11年には、85歳で200回目の海外登頂に成功し、市民を歓喜させました。
まさか、新田氏が初めてのアルプス旅行時に脇坂順一教授と同じ宿に宿泊されていたとは・・・面白いですね。もちろん、脇坂教授の方も新田次郎と同じ宿に同じ日に宿泊したとは思ってなかったことでしょう。

ところで、このワキザカ仕様のピッケル・・・当時の価格で5000円だったとか、今なら10倍ほどの値段なのでしょうか?

 

それにしてもスイスアルプス・・・気持ちいいですよ。週末は僕はアイガー北壁に挑戦してきます。

 

読んでくれてどうもありがとう