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五十にして天命を知る・・・べきか?

盆も正月も祝日も、台風も地震も葬祭事も、毎日毎日飽きもせず仕事仕事で草臥れ果てて、50歳になったら少々日曜日以外に休んでみたいと思って頑張ってきたが、なんだか雲行きが怪しい・・・

五十にして天命を知りたいとは思っていなかったが、延々と続きそうな重たい仕事を新しく始めるかもしれない。いま、その許可申請で忙しくなりだした。

 

話は母から舞い込んだ。少し前に伏線があって、我が家の庭先が闖入者によって騒がしくなりそうで・・・「あいつが引っかき回すなら俺がやる・・」という不純な?というか、妙に純粋な気持ちで取り組もうかな?と急展開した。許可申請で選定されなければ無かった話となるが、今度の件は僕をまるで誘うかのような話で、もし申請すれば後には引けなくなりそうだ。

当然ながら両親は乗り気・・・ しかし、妻も子供らも不安げ、というか、『それは相当大変なんじゃない? 責任も重いし、ますます身動きが取れなくなるし・・他の開業医はもっと楽で幸せそうよ・・』と、僕の提案に呆れ顔の様子だった。

 

両親は「利益は度外視して我が家はそろそろ社会貢献・社会奉仕を中心に考えるべき時・・」と言うが、大きな借金を抱えて社会貢献をするのもなかなかにシンドイものであろう。

今でも体力気力の限界に近く、新規事業の立ち上げに更なるエネルギーを注げるか不安であるが、両親の性格と僕の性格・・・我が家の置かれた社会的立場などを考えると、「五十にして天命を知る」べき時かもしれないと笑顔も無く将来を案じている。

 

妻や子供らには周囲の「休みが取りやすくて裕福そうな開業医」ばかりが眼につくようで、「こんなはずじゃなかった」と、我が家の不自由さが嫌な様子も見え隠れする。今でも家族との生活を犠牲にして開業しているが、今後もずっと死ぬまで犠牲にし続けながら「地域貢献」を目指す運命のようで、これは本当に僕のあるべき姿、天命か?と悩んでいるが、税金を納めるためだけに生きているようで・・・ 本当に不器用な生き方だと感じている。

 

以前は世界中を飛び回って自由気ままに勉強したり遊んだりしていた僕がこんなに地味な仕事ばかりをするなんて・・・馬鹿なんだろうと思う。

 

50歳になったら美女を追っかけ楽しい生活を渇望していたのに・・・ 暇が出来るころには「男」も終わっていそうだ・・・

 

読んでくれてどうもありがとう