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Back To The Street ふろむ診療所

ボクの神様 1500号記念

ブログが何かも知らずに始めてから飽きもせずに書き続けて丁度これが【1500記事目】となる。なかには全部読んだモノズキもおられるかもしれないが、僕の家族の誰一人、スタッフの誰一人、このブログの存在も知らず記事を読んだこともない。

しかしながら、こうして色々な内容の1500もの記事を書いて来ると、いつの日にか家族にも読んでもらいたいが、恥ずかしいので僕が死んでからにして欲しい・・・ (下のリンクは1000号記念記事)

http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20081018/3 

 

さて、1500号記念記事のタイトルを何にしようか少々悩んだが、最近BS放送などで【ブルース・リー】の映画や特集番組などがよく流れていて、今年は生誕70年・没後37年だとか・・・ 

あれから既に37年が過ぎ去っていたとは、時が経つのは速いものである。

 

これまでの記事で何度か【僕の神様】という言葉を使ってきた・・・

 

帚木蓬生  王貞治  ヨハン・クライフ  エディー・メルクス  佐野元春  ブルース・リー

 

他にも数名の名前を神様として挙げたかもしれないが、ブルース・リーが最も旧く、今この世にいない「本物の神様」なのである・・・

 

今から37年前、1973年12月封切りの【燃えよ ドラゴン】を友人達と映画館で観終わった時に、坊主頭の中学生はとんでもない衝撃を受けたものだ。14歳、恋に恋するお年頃で、僕の女神様である「Tチャン」にその当時は純愛していたのに、そんなことはどうでもよくなる位の人生感が大きく変わってしまう「映画スター」との出会いだった。

 

いつもと違って少し遠くの大きな街に映画を観に行っての帰り、数時間前と街の景色がスッカリ変わっていて、僕は普通の言葉が話せずに「ァチョゥ」とか「アタッ」とかしか甲高い奇声しか出なくなっていて、少しつま先立って・少し斜めに歩きながら・ズボンを指で摘むように引き上げ・腰を沈める様に屈めて・僅かに首を傾げ・悲しそうな眼をして・時折軽やかに蝶の様に飛び跳ねて・・・電車駅まで歩いて戻った当時の景色が眼に浮かぶ。

いまでこそ デブでブヨブヨで、歩くと豊かな皮下脂肪が優雅に波打つ中年医師だが、当時は逆立ちで10m・自転車手放し運転3kmも出来る位の軽やかなヤセた美少年だった・・・家の中では畳が擦り切れるまで飛び蹴りや回し蹴りの練習を繰り返したものだ。

 

しかし、やはり【燃えよ ドラゴン】封切り時に彼が既に死んでいた事を知った時の驚き・・・信じたくなかった。

僕自身は、映画初主演の【ドラゴン危機一髪】の時のブルースリーの表情が初々しくてよいと思う。【グリーンホーネット】は少々幼すぎる。中国語も心地好く感じるし笑顔がまたいい。

共演女優なら断然「ノラ・ミャオ」でしょう・・・

もし生きているなら現在70歳とか・・・

32歳で肉体美の絶頂期に彗星のごとく現れ本物のスターになった「ブルース・リー」は、実に奇跡の様な人であった・・・といつまでも思うことだろう。

 

1500号記念記事は僕の神様「ブルース・リー」に捧げます