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【 終わらざる夏 】

浅田次郎に関して実はこの1500記事を越えたブログでコメントしたことは昨日まで一度もなかった・・・

浅田次郎は数々の名作を著し、僕自身も何作品も読み夫々に感動し人に薦めたくなる様な作家なのであるが、どうしてブログに取り上げなかったのか不思議でならない。

 

清王朝末期を描いた【 蒼穹の昴 】は最近NHKがドラマ化していたし、映画化された作品も少なくない。いわば万人受けする作家なだけにワザワザ僕がブログで書く必要もないとでも思ったのだろうか? 実は良く判らない・・・

 

この夏、浅田次郎の傑作がまた生まれた・・・【 終わらざる夏 】である。構想30年、月刊誌に4年にわたって長期連載された戦争小説だが、原爆被害の巨大さゆえか我々がともすれば忘れがちになり仙石並みの左翼マスコミも書くのをためらうかの様なスターリン統治下の赤軍による第二次世界大戦敗戦後に始まった北千島の卑劣な侵略行為の出来事である。

日ソ中立条約を昭和20年8月8日に一方的に破棄し、翌9日に満州へ突然一気に侵攻し、日本人と見るや次々に婦女を強姦し男子を殺戮し、敗戦後も戦争捕虜を長期間に渡って犯罪ともとれる理不尽さで極寒のシベリアで強制労働させるソ連赤軍。僕の患者さんで毎年抑留期間の悲惨さを語ってくれる人もいるが、どう考えても正当性を理解できない。

 

正当性を更に理解できないのは終戦直前に始まった戦闘が終戦時に終わらず続いた満州ではなく、ポツダム宣言を8月14日に受諾した日本が15日に天皇玉音放送を放送して国民にも連合国側にも無条件降伏を宣言した後の8月17日に北千島の最北の守占島へソ連赤軍が突然侵攻・上陸して激烈な戦闘行為が開始されたことである。アメリカに千島列島を取られることを何より恐れたソ連が終戦後に許されざる占領作戦を行ったに他ならない。【 坂の上の雲 】にも描かれているが、日露戦争の怨念が今もなお連綿と連なっているかのようだ。完璧な国際法違反の卑劣極まりない共産主義国家の「愛国無罪」であって、最近の中国の体質をも彷彿とさせる。

 

日本の軍人に限らず、ソ連赤軍の一人一人にも夫々に帰りを待つ家族がいて連綿と連なる家庭生活と家族の将来への夢があって、軍政下の狂気に満ちた為政者の命令で犠牲となった物語を書かずには居られなかったのであろう。これは浅田氏に限らずこれまで多くの有名無名の人々が書き残そうと努力してきたのであって、我々も時間が許す限りこれらを読み、ロシアや中国や北朝鮮やアメリカやイラクやイランやフランスやイギリスやドイツやイタリアや韓国や・・その他多くの国々の人々と戦争の悲惨さや人類の目指すべきことや地球への思いや環境への配慮などを語り合い理解し伝え合って行くべき責務があろう・・・たとへ平凡な医者であっても。

 

降伏後に始まった「金輪際の戦い」を前に守占島の軍隊は、島の缶詰工場に動員されていた北海道の女学生400人をソ連軍による凌辱から守るため20艘の小舟に分乗させて1200kmの遥かな海路を帰し切ったという。日本軍の必死の反撃には帰還を援護する意味もあったと言うから悲しさも一層つのる。

 

戦地からの帰還の海路といえば、浅田氏にはもう一つ【 シェラザード 】という傑作がある。こちらは南方からの大型船による帰国だが、北はカムチャッカ半島から南はシンガポールまで・・・終戦間際の昭和20年のあの夏は、クーラーのきいた診察室の中で『熱中症に気を付けて下さい・・』とかのんきに言ってる医者には想像できないのであろうが、学問もせず世界に思いも馳せずに携帯ゲームや風俗遊びやホストやキャバクラ嬢に狂う若者達に少しでも伝えていければと思うのである。

 

そうしてみると、昨今の「生死不明・行方不明の沢山の超高齢者」の問題は、一人の命を大事にしなくなった日本の「敗戦の後遺症・崩壊の過程」であって、お役所は「書類書類・・」で、まるで「赤紙一枚」で招集してしまう血の通わない政治そのままだ。

驚かされることに、「終戦の日」に靖国神社に誰一人参拝しない民主党政府の方針も「戦死者への畏敬の念を抱けない不幸な精神状態の赤軍に感化された民主党」に占領された不幸な日本の「終わらざる夏」の様で、一人の日本国民として『談話を発表しても靖国参拝もしないとは、貴様らは一体どこの国の政治家だ?』と声を大にして言いたいのである。

話は大きく逸れたが、とにかく文化大革命の信奉者である仙石には日本は任せられないのである。

 

読んでくれてどうもありがとう