Welcome To The Heartland

Back To The Street ふろむ診療所

苦行か 修行か 行楽か ②

30年前に僕がYチャン失恋の痛手を癒しに阿蘇九重連山由布岳辺りの山奥深くを数日間彷徨って車内に寝泊まりしていた頃の少しあと、僕は新しい恋人に出会った・・・

それは佐野元春だったのだが、今日は火曜日の夜11時過ぎ、僕は彼のTシャツに着替えて彼のFMラジオを聴きながらこれを書いている。

 

僕の車は当時の5人乗りクーペから2人乗りスポーツカーに変わったが、ドライビングテイストは素晴らしいが車内泊には全く相応しくない車だ。ある程度の成功の証なのだろうが、こんな車で山中の駐車場で車内泊をしている医師がいようとは・・・おそらく誰も思わないかもしれない。

快適な ドライブ後の 車中泊 ポルシェにゃ辛し 夜明け待ちわぶ

いま、彼の【君が気高い孤独なら・・・】という曲が流れているが、いまや僕には自由な時間がほとんど無くなり明日の予定さえ立たないし、明日の旅行の予約さえ出来ない状況で生活せざるを得なくなった。そのため自然と孤独を受け入れ孤独の良さと限界を感じながら生活を楽しむしかない。そして僕にはその孤独感は・・・ある意味で誇りでもあるし、「名もない孤独」を楽しめる精神的な余裕も生まれつつある。

 

9月下旬の山中にしては思いがけず温かな夜に昨年の5度の記憶から着込んで寝て何度か寝苦しさに目覚めてしまった。朝の2時3時に、山頂で食べるはずだった塩辛いスナック菓子を食べて少々腹の調子がおかしくなってしまい、一抹の不安がよぎった。早く朝になって欲しい・・・

朝焼けの 空は清かに 晴れ渡り 目指す頂き 輝き招く

 

朝の5時30分に眼を覚まし、6時ちょうど、僕は足を踏み出した。少々雲が怪しい動きをしているが、天気予報と天気図を信じよう。ただ、朝からの汗が出るほどの異様な温かさに先行き不安を感じたのも確かだ。お腹も本調子ではない・・・

 

長者原を6時に出て標高差300mの雨ヶ池を越え坊がつるへ向かう。下りに差し掛かりちょっと仕事の事を考えてるうちに泥濘で派手に滑って尻もちをついた。正確に言うと、背中のリュックがクッションになり肘を少し怪我しただけで済んだが、温かさに半袖でなくて助かった。背骨も何とか痛まずに済んだようだ。しかし、ますます先行き不安が膨らんでいった。

坊がつるまでは予定通りの時間だったが、目指す山頂は雲に隠れてしまっていた。他の頂きも同様であったが、雲の流れがなんとなく登頂時の晴れを予感させてくれたので、再び標高差500mの登山を開始した・・・

30年振りでスッカリ途中の雰囲気を忘れてしまっていたのは自分でも驚きだったが、足元は浮石だらけ、樹木に視界は遮られ、従って風もなく大粒の汗が噴き出して体力の消耗が激しい。ここ数週間は睡眠時間が非常に少なく昨夜も充分に眠れず、徹夜明けの白々とした感覚で一歩一歩高度を稼いでいった。

早々に下山してくる人にすれ違いざま話を聞くが、5時30分に坊がつるを出発して山頂に立った人は全く視界がゼロだったようだ。果報は寝て待て・・だ。と言っても、最近あまり寝ていないのだが。なんと3時30分に登りだした人は幸運にも日の出を眺めたらしいが、ゴロ石の多い視界もなく迷いそうな道を真っ暗な中よくも登ったものだと妙に感心する。

 

再びと 挑んだ山に 鮮やかに 跳ね返されて ふり返り見る

途中で足が思うように進まなくなった・・・

年寄り夫婦を含め、後発の何人もに抜かれ出した。水分の取り過ぎと感じつつ汗が噴き出す。視界は開けない。風もない。頭痛がし出した。吐き気がする。足が前に出ない、こんなことは去年はなかったのに・・・

頂上までの予定時間を4時間と決めていたが、その4時間を過ぎてもまだ頂上まで腕時計の高度計では150m以上もあり、僕は院長として決断を迫られた。今日のペースは最悪だ。腹が持たないだろうし、病院で診療する熱中症の患者と同じ症状の自分がいる。50人ほどの職員がいるし、両親にも黙って山に挑んでいる。まだ僕は死ぬわけにはいかない、明るいうちに駐車場に戻らなければ。出発時に懐中電灯を仕入れ、リュックには気温が下がっても大丈夫な程のセーターや風除けを詰め込んでいるが、帰路も今から4時間はかかる。明日は通常の透析診療のほかに講演まで期待されている。遂に僕は諦めることにした。

 

山なみの 八重九重に 招く秋 寄る歳波に 頂き遠く

そうして僕は坊がつるに戻り、法華院温泉で熱い湯に身をゆだねた。昨年は幸運にも(上の写真の)女湯を独占したのだったが、今年は残念がら男湯で我慢した・・・

ちょうど目の前のあの頂きは今は美しく晴れの中に仰げた・・・ 残念至極、湯につかりながら居眠りをするようじゃ無理なはずだ。全く仕事中毒の大馬鹿者である・・・

 

そして疲れた身体で夕方4時少し前に駐車場にたどり着いた。頂上までまだまだだったのに、8時間ほど山中を歩いていたことになる。少し我ながら恥かしかった。30年前の失恋の相手の顔さえ浮かんでは来ないほど疲労困憊状態だった。

帰りの途中、路肩に車を止め1時間程仮眠をとって高速道路に乗りいれた・・・

 

一夜明け 山で痛めた 足腰を さすり始める 朝の回診

と言っても、まっすぐ帰った訳ではない。かと言って、愛人宅にしけこんだ訳でもない。映画館へ寄って、昨日の出発時からちょうど24時間、僕の秋の行楽?は終わった・・・

今思うと、行楽とはとてもいえず、それは苦行か 修行かだったと思う。

 

翌日の20日、敬老の日・・・

予定通りに敬老会で講演をし、透析室で回診を行い、新規事業の最終段階の様々な仕事に没頭された・・・

 

読んでくれてどうもありがとう