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Back To The Street ふろむ診療所

中国からの勇気ある撤退を・・・

中国の【対日侵略戦争】はどうやら始まったようだ・・・

多くの識者と呼ばれる人々がマスコミ上の発言で 『あれは中国国内の不平不満勢力が共産党政府に向かうのをかわすための一種の国内向けポーズで、ある意味で中国政府の苦肉の策だから・・・』 と楽観的な大人の対応をしようとしてきたが、もはやその域は完全に越えている。もし、日本以外の大国が相手なら開戦前夜の緊張状態であろう。あるいは、既に空母イージス艦東シナ海に向かっているハズで、ロシアだと極東への部隊移動が始まっているであろう・・・

ただ、日本の政府広報が稚拙なので、多くの国には【イラク攻撃直前のアメリカ状態】に写っているかもしれないと思う。勿論、中国がフトドキ者ニッポンを攻撃しようとするアメリカの役だ。それほどに国際世論を上手く利用している。

 

一方日本では 小沢の【大朝貢団派遣】や、鳩山の【友愛の海・日本列島解放政策】や、仙谷の【文化大革命礼賛発言】や、蓮呆の【2番じゃダメですか・日本劣化政策】や、長妻の【中国の子供にも手当をばら撒こう思想】とか、岡田の【イオンは中国製品円高還元セール体質】や、国交省の【中国人観光や医療ツーリリズム政策】や、防衛省の【対馬・与那国・竹島沖ノ鳥島を放置政策】や、環境省の【中国の環境のためにばら撒け政策】や、文科省の【教科書・内政干渉容認政策】や、農林省の【食糧を中国に依存しよう政策】とか・・・、現政権と永年の自民党政権の体たらくと社会党共産党のバカ政策が足を引っ張ってきたお陰で、今の日本は元寇以来の危機を迎えている。

 

そもそも金に眼のくらんだ「経済人・ビジネスマン」と言う連中が今日の現状を予測できずに中国へ進出したのが間違いだったのだ。身から出た錆である・・・

 

随分前にも書いたが、両親の家業は初代の明治20年ころから平成18年まで長く続いていたが、その業界は昭和50年代に一部が中国へ技術移転を開始した。当時その業界の県連会長をしていた父は視察団として訪中し、少し興味を抱いた様だったが、感じるものがあって僕に後を継がせず医者にした。昭和60年代に業界の一部が中国へ進出を模索し始めた頃、父は当時儲かると信じられていた中国進出を躊躇し、平成に入ると完全に断念して国産品のみで商売をするようになった。

平成10年頃までは中国進出を果たした業界の企業は業績を伸ばしたが、その後は中国自体の生産性と品質向上が日本企業の指導のもとに進み、あげくに「保護貿易指定商品」からハズされて、多くの国産品専門企業が業績不振から商売を畳んでいった。

父の会社も斜陽となり、赤字が出ないうちに見切りをつけ、僕の診療所が軌道に乗ったを期に会社を閉めた。父は昭和50年代に中国進出を果たさなかった理由を 『そのうち中国が自前で生産してきて日本製品を追い落とすだろうから、協力は控え、手を出すべきではない・・』と云う風に捉えていたが、最近では多くの中国進出企業が苦戦を強いられているようだ。昨今の強烈な政治的軋轢の中で更に苦悩は増しているのではなかろうか?

 

父は【勇気ある中国進出断念】を選択した。その結果、100年近く続いた家業を閉じることになったが、いま医療と介護の仕事を手伝いながら毎日いきいきと幸せそうな顔で生きている。

 

レアアースの輸出停止とか、文化交流停止とか、報復的逮捕拘留とか、軍事的デモンストレーションとか・・・、どんどんエスカレートする体質・性格などは、彼の国の4000年の歴史の中で連綿と醸成されてきた民族的・文化的DNAであって、【仙谷が礼賛する文化大革命世代が政治的中枢にいる現代中国】は仮面を被った粛清国家であることを民主党のボケ政治家達はよく理解し対処すべきである。

ここで官邸が対応を誤ると、日本の未来などは真っ暗闇になる訳で、【仙谷傀儡の菅総理】がマヌケ過ぎるのが非常に心配な今日この頃である。

 

案外、この問題を契機に【民主党自民党の大連立】がなるのかもしれない・・・ ただ、首相がアレじゃぁねぇぇ?

 

読んでくれてどうもありがとう