Welcome To The Heartland

Back To The Street ふろむ診療所

学会旅行 ⑥ 時の流れ

まだ 旅のフィナーレを書くには早すぎるようだ・・・

 

昨日の16時過ぎに土曜日の診療を終え、18時前にクリニックを出て、19時に機上の旅人となった。21時半に横浜の映画館にフラッと駆け込み、深夜0時にホテルの部屋に入りみなとみらいの夜景をチラと見遣りながら明治初期の時代小説を読みふけり、2時にベッドに入り美しい女性の夢を見た・・・

今朝は、6時半に起きだして7時にチェックアウトし、7時半から学会場でセミナーに参加した。200分間もの短い滞在の後、逃げるように引っ張られるように桜木町から電車に乗り、12時から3時半まで心はミラノやニューヨークを彷徨った・・・

 

そして、上野駅のホームに停まっていた山手線の電車に飛び乗って有楽町へと向かっていた僕の頭の中には、昨日からの短い時間と、3月11日からの100日間の時の流れが交錯するように流れ、短かったのか、それとも長かったのか・・・不思議な感覚を覚えていたのである。

 

僕がサマースーツの胸ポケットに忍ばせていたそのチケットには3月13日 16時 開演という文字が書かれている。

当時のブログに書き残したのではあるが、3月12日と翌13日に開催されるハズだった尊敬する佐野元春のコンサートは、僕が生まれて初めて他に何の用件もないのに彼のコンサートのためだけに旅をする予定だった・・・

その日は運よく特別な用事の無い日曜日であって、地方の田舎者が参加しやすい時間帯だったし、なにより30周年記念イヤーのツアー最終日、そして彼の55歳の誕生日だったのである。僕が行かない訳にはイクマイ・・・・

 

もう僕は30年間も彼の音楽や活動に魅了されながら過ごしてきたのであるが、昨年の8月5日のツアー・パート1初日から、1月9日のパート3初日、そして3月6日に大阪城ホールで開催された祝祭的なファイナル第1段公演と追いかけた後の・・・どう考えても盛り上がるしかない最後の誕生日ファイナル公演への流れが、直前の大震災で中止されてしまったのだった。もちろん、やむを得ないことだった・・・

数週間の後に発表された代替公演・・・それが、6月19日の日曜日、同じ会場で同じ時刻だった。

学会の中止も相次いでいたが、幸運にも日本透析学会総会が横浜で同日に開催されると気づいた時には、嬉しくて嬉しくて・・・これほど透析医療に従事して良かったと感じたことはなかった。

3月13日のチケットをキャンセルせずに代替公演を楽しみにしていた人も、都合がつかず泣く泣くキャンセルした人も、家を流された人も、家族を失った人も、チケットを無くしてしまった人も、命を無くしてしまった人もあるいはいたのかもしれない・・・

僕の中でもこの100日間には楽しいこと辛いこと苦しいこと悔しいこと情けないこと恥ずかしいこと反省すること誇らしげなこと・・・色んな事が色んな時間が流れて行った。

 

佐野元春の心も揺れたに違いない・・・

ダメージもホントは大きかったに違いないのだが、彼のテレビやラジオの声からは、実に穏やかなトーンしか流れてこなかった様で、実に大人だな・・・と、感じていた。

 

昨日の診療を終えて24時間、16時に東京国際フォーラムに着いたが、上野からの約30分間に、僕は公演中止・大震災からの100日間と、彼のコンサートに初めて遭遇してからの30年間をずっと思い出していた・・・

そして、5000人収容の大ホールの2階席への長いエレベーターを幾つも乗り継いで昇って行った。その数分の時間に気持ちが高まっていくのを自覚する・・・

 

そして・・・・揺れた   席が揺れた   2階席は大きく揺れ続けた   ・・・続く