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学会旅行 ⑦ ファイナル

約半年前に3月13日のコンサートチケットを先行予約で購入した際には「なぜ先行で真っ先に買ったのに2階席なんだよ?」と驚いたものだった。5000人も入る会場で2階席とは・・・ これは大阪城ホールでも同じだった。「先行販売なのに10000万人収容のホールでなんで2階のスタンド席なんだよ?」

しかし、着席してみると・・・なかなかに良い席だったのだ。

実は公演中ずっと着席している30人ばかりの中高年を中心とした集団がいたので不思議だった。僕より少し年上の集団はステージをジッと見つめて全く立ちもせず手を挙げもせず興奮を表したり騒ぎもせずに、2階席中央の前の方で独特の雰囲気を醸し出していた。僕の周りの人達の中にはその座ったままの集団を眺めてなにか言っているような様子だったけどその時は気づかなかった。後で知ったのだが、かつてのハートランドのメンバーや旧い友人達が集っていた席だったのだろう・・・ 確かに座って落ち着いて見れる良い席だった。あのスーパーダイナマイトサキソフォン奏者ダディー柴田も来ていたそうだ。

 

ただ、僕の前にはハゲ頭を帽子で隠したオヤジが二人・・・ 周りには、デブやハゲやメタボや白髪や下腹デップリなど多彩な顔ぶれが溢れていたのだが、福岡も大阪も東京も何も変わらなかった。しいて言えば、東京が一番普段着っぽくて、子供達が少なかったようにも思う。服装は季節のせいかもしれない・・・ 男の割合は東京が多かったかもしれないが、僕の様にスーツ姿で乗り込んだ渋い男性はほとんどいなかった。

着物姿の品の良いオバちゃんはいたけども、美女が一番多かったのは福岡だった・・・あの日は両手に花だったから

 

唯一の救いは・・・前の席に座ったデブでハゲのオヤジの前の席に一人トビッキリの若い女性がいたことだった。ショートヘアの20代後半の恐らく超美女は、身のこなしも軽やかにそして艶かしくセクシーに最初の音が鳴り始めた途端に立ちあがって美しいダンスを披露してくれた。ダンスパフォーマンスを仕事にしているような美しい姿だった。

彼女が最初からフルスロットルで踊るので、僕の前の暑苦しいデブハゲが横にズレてくれて、僕の2列前に彼女の美しくセクシーな肢体が現われた。その彼女の揺れる髪の上や手を挙げた脇の横に赤いギターを抱えて熱唱する佐野さんの姿が見え隠れして・・・実に良い眺めだった。ただ、残念ながら彼女の顔は最後まで見なかった。せっかくのイメージが壊れるのが怖かったかもしれない・・・

 

そんな訳でとっても良い席だったのだが、幸か不幸か・・・凄く揺れて怖かった。あれだけの横幅と奥行きのある2階席だからだろう、最初は地震だとホントに思ったほどだ。盛り上がるたびに震度3位の揺れが続くのである。時期が時期だけに本気で心配したが、しばらくして観客のダンスのせいだと気づいて少し安心した。ただ、ホントにあんなに揺れて崩落の危険は無いのであろうか? それが気になって気になって・・・

 

東京国際フォーラムの最終公演のネット上でのファンの評判は悪くないようだが、実は僕は「東京ファイナル」に期待していただけに残念な面もあった。最初の予定通り彼の誕生日だったらもっと盛り上がり、大阪の次週であったのなら最高潮にたしていただろうけど、100日間の延期で大震災の後でもあり、あの頃のパフォーマンスを超えることは出来なかったと思う。

評論家ではないが、ツアー初日の福岡でのパフォーマンスは音響でこそ東京に負けるが、内容的には実に初々しくて、80年代の佐野さんの雰囲気が良く出ていたように思う。30年来ライブを見続けていたものとして少々残念だったのは、コンサート毎のアレンジの違いやアドリブ演奏やセットリストのチェンジが少なかったことだろう。というより、完成されすぎてほとんど替えようがなかったのかもしれないが・・・ 昔は毎日クルクル替わっていたのを覚えている。3日連続で通っても新鮮だった。

 

大阪城ホールの3月6日の公演は佐野さんのライブ史に刻まれる名コンサートだったように思う。もう二度とあれほど完成された祝祭コンサートは無いかもしれない・・・

 

なんにも特別のゲストもサプライズも無かった東京のファイナルだったのだが、一つだけ感心したことがある。僕にとっては初めての経験だったが、コンサート終了間際のメンバー紹介の際に、照明やステージディレクターなどの裏方さん達の紹介をフルネームでやったことだ。15名ほどを次々にフルネームで5000人の観客に紹介していった。ちょっと感激した。僕なんか、自分ところで何年も働いてくれている50数名の職員の中でフルネームで覚えているのは半分くらいしかいないというのに・・・ 佐野さんはメンバーから「棟梁」って呼ばれているようだが、親分肌なんだと感じた。僕も職員全員のフルネームを早速覚えよう・・・

 

東京での佐野さんのライブは2回目なのだが、「東京だから特別に・・」ではない事をしってホッとした。札幌でも仙台でも新潟でも大阪でも広島でも福岡でも鹿児島でも佐賀でも大分でも北九州でも、どこでも全力でパフォーマンスしていると確信した。だからもうこれが東京で観るファイナルコンサートになるかもしれない・・・充分に満足したのだ。

 

帰り道、10歳位の女の子を連れた父親が「どうだった? 楽しかった?」と尋ねたら、その女の子が「う~ん、楽しいというより・・・嬉しかった。だって、知ってる曲たくさん歌ってくれたもん・・」って答えていた。この子は凄い・・・この父親が羨ましい・・・と感じた。

 

街灯が消えた暗い有楽町の街かどを歩き、ガード下の定食屋で夕食を食べ、羽田へ向かった。

思えば、充実した「学会の旅」だった。土曜の夕方から日曜の深夜までの旅と言えるかどうかわからない旅だったのだが、心の贅沢をさせてもらい、よい気分転換にもなった。

人生を楽しむことは容易ではないが、健全な心を保つには必要なことだ。自由な時間が絶対的に少ない僕の生活だが、僅かな時間と自由を上手に見つけ出しながら、これからも僕らしくありたいと願っている。僕らしく・・・

 

家にたどりつくとそこには、優しく美しい妻と、頑張る娘達と、可愛らしいメス犬達が僕の帰りを待っていてくれた。自由な時間をありがとう・・・

 

皆さん、旅のお付き合い、どうもありがとう・・・