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初盆 と 勲章

今日は8月13日、先ほど近所の親戚の家に初盆のお参りに行ってきた。

大震災の少し前に94歳で他界した叔父は最晩年の数年間を介護を受けながら過ごしていた。最後の最期は病院で息を引き取ったが、その前は僕の関係の介護施設を利用して楽しそうに過ごしていた。適度にボケて「変なこと」も言い、それがまたスタッフ達にも可愛がられた理由かもしれない。

葬儀の時に見たその楽しげな笑顔の写真の横に、立派に額装された叙勲の賞状と勲章が飾られていた。もちろん本物だろうが、叔父が叙勲を受けていたことは生前に兄弟の誰も言っていなかったし、僕も初めて眼にした。写真では海軍軍人だった叔父の胸に確かに数個の勲章は飾られてはいたが、まさかこのような賞状があったとは・・・ 

でも、僕の父親の叙勲の際のそれとは何やら少々賞状の雰囲気が異なっていた。

 

そこには内閣総理大臣名もなく、宮城にて・・・と書かれ、賞状の日付は平成ではなく昭和19年12月20日となっていた。翌年の8月15日には終戦を迎える少し前の叙勲の日付、叔父の口からは叙勲の話を一度も聞いたことはなかったが、つい先日にこの賞状は「発見」されたと聞いた。

初盆を控え色々と家の中を片付け清掃していた時に座敷の片隅から偶然に「発見」された賞状と勲章は長い月日で色あせもせず、大事に仕舞い込まれていたのであろう。死去して初めて日の目を見たことになる。

 

実は家族は叔父から「叙勲」の話を何度も聞いていたという。ただし、戦時中で独身の時だった故、証拠の品を見た人がおらず、平成23年になるまでずっと『俺は勲章をもらった。絶対にもらった。きっとどこかにあるハズ。お前達はなぜ知らないのだ? どこにあるのだ?』と、他所では絶対に口にしないのに自分の家族にだけは何度も繰り返していたらしい。

途中からは「認知症」高齢者の妄想だろう・・と誰も信じてはいなかった様だが、「本当の話」だったことが初盆を前に判った。

そのため、初盆の客とも話が盛り上がるらしく、仏壇の中で故人も大いに喜んでいることだろう。

 

でも、もしも生前に勲章と賞状が発見されていたならば、さぞや本人は嬉しかっただろう・・・と思うと、これからは「認知症」高齢者の信じられない言葉も疎かには聞けない。

 

故人の大切な宝物を見て、大切なことを学んだ気がした盆の13日だった・・・