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【福翁自伝】 と 【脱亜論】

ある海外在住の聡明な女性から先日、『あぁ【福翁自伝】をもっと早くに読めば良かった・・・』という話をうかがって、初めて福沢諭吉の自伝本【福翁自伝】を読んでみた・・・ 僕も「もっと早く読めば人生変わったかも?」と思ったし、と同時に「僕とちょっと似てるかも?」と不遜なる感想も抱いた・・・(笑)

 

まあ、そんなキツイ冗談はさておき、確かに人に薦めたくなる様なとっても素晴らしい本であった。家族を含め、これかの時代を背負う多くの若者に薦めたいと思う。ただ、聖徳太子に代わり長らく一万円札の顔、要するに日本の顔とするにはどうなのか??という疑問も抱いたのは事実である。それほど日本社会にとって価値ある人であったのだろうか? 恐らくは慶応義塾出身者が紙幣の肖像画の決定に深く関与したのであろう。でなければ、あまり政治的でも公的でもなかった「飛びっきり有能な私人」が万札の肖像となるのは理解できないのであるが・・・

 

まあ、お金の話は・・・福沢の考えは実に堅実で、生涯に渡り借入金を極端に避け、かといって三田の元島原藩邸の「海の見える高燥の広大な良地」を極端に安い金で東京府から巧妙に手に入れた件などに関しても「へ~やるじゃん」といった感じだった。

 

豊後・中津藩の下士(坂本龍馬も下士)が長崎で漢学・蘭学を学び、上った大阪では緒方洪庵適塾で学び、スルスルッと江戸に出ては咸臨丸に乗り込んでしまう大胆さ・運の良さ。都合3度も官費で米英に渡航する機会をえた福沢は幸運の人としても超一流なのであろう。

 

そして英語こそ将来の日本にとって最重要な学問と信じる先見性と頑固さ、元の能力が素晴らしいから可能なのであろうが、とにかく「英語最優先」が的中してその後の福沢と慶応義塾の運命を決め切り開かせて行ったのであろう。

 

内容は各所に箴言がちりばめられていると同時に非常に人間臭いダメ男ぶりも書かれていて、幕末から明治維新の貴重な資料となる本である。名の知れた幕末の志士や明治維新の政治家達とは非常に接点が少ない人であったのには驚いた。

 

福沢が自身設立した新聞 【時事新報】を出版していたことは迂闊にも知らなかったが、かの有名な【脱亜論】が明治18年に無署名で「時事新報」の社説に載りながら、昭和25年まで取り立ててコメントらしきものもなかったという点も驚いた。本格的に論評されるのが僕の生まれた直後の1960年代だというから益々驚いてしまう。

http://www.chukai.ne.jp/~masago/datuaron.html 

中国や朝鮮半島の国からは差別的と批判される【脱亜論】であるが、なぜか今、非常に示唆に富むその社説の先見性に脱帽である。あれから100年以上たとうが、日本と韓国・北朝鮮と中国の関係はなかなか変わらない物の様で、これは地政学的な理由なのであろうか? それとも遺伝的・教育的な理由であるのか? と訝しげに感じるものである。

 

僕は慶応義塾の医学部には全く成績が届かなかった凡才なのだが、【福翁自伝】なんかは慶応義塾の中学・高校・大学生達の必読書に指定されているのであろうか?

僕も中学の頃に読んでいれば、もっと誇れる人生を歩めたかもしれないのに・・・残念

 

読んでくれてどうもありがとう