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100年の歳月が流れて・・・

つい先日の「ブログ開始、満5年」を記念して、【5年の月日が流れて・・】という記事を書かせていただきました。そして、数日後の今日は【100年の歳月が流れて・・】という記事を書かせていただきます。

では、何から100年目なのか・・???

一つ目は、孫文の【辛亥革命】から100年目と言うことです・・・

 

二つ目は、小村寿太郎が独英米などとの不平等条約を改定し、初めて【関税自主権を回復】し、江戸時代以来の弱者としての立場を解消し、日本が近代国家として歩み出した年です・・・

 

私事ですが、我が家の「仕事の歴史」を、10年前に【百年の物語】としてまとめたことがありました。父親までは別業種の会社を経営していましたが、その会社の創業100年を記念した社内本です。そして、その会社が、「中国から安価な品が流入したことで経営が難しくなり閉じた」ことは、このブログでも少し書いたことがあります。

100年というのは、やはり長いですね。創業から100年余、ホントなら五代目社長だった僕が潰しました・・・ その反省から、最近はTPP問題を書き続けています・・・

 

小村寿太郎は、NHKの【坂の上の雲】で、竹中さんが演じていました・・・ネズミ小僧の様な明治の外交官です。その外交官が必死になった【関税自主権の回復】とは、江戸時代末期の1854年の【日米和親条約】および、1858年の【日米修好通商条約】以来の不平等条約の中身の一つです。当時から、最近の米韓FTAに至るまで、アメリカは常に【最恵国待遇】条項を絡めての条約締結を求めてきています。軍事力を背景にしての確かに「賢い方法」です。ですが、相手国(日本)には屈辱的な内容です。

 

その1858年から1911年にかけての53年間、日本は司馬遼太郎で言えば、大政奉還へ向けての【竜馬が行く】や、征韓論西南戦争への混乱の【翔ぶが如く】や、日清・日露戦争への【坂の上の雲】の様な激動の時代を逞しく生き抜いてきたわけです。運も有ったでしょうし、無鉄砲故の恐れ知らずの作戦も功を奏したでしょう。

しかし、薩長重用や様々な不満士族の犠牲の上に、明治政府が勝ちえた【関税自主権】なのです。その過程では、井伊直弼坂本龍馬大村益次郎江藤新平西郷隆盛・大久保一蔵などが、開国か攘夷か揺れる中、そして清や台湾や朝鮮への派兵や大陸を蝕む列強との戦火を厭わなかったのでしょう。

1858年の不平等条約締結から1867年の大政奉還まで約9年間もかけて大混乱が続きました。もちろん、明治に入ってからの混乱も先に記した通りです。

 

この度のTPPも、締結後の【原則関税完全撤廃】までは10年と定められているようです。大体、そんなものでしょう、国の崩壊の過程とは・・・

 

狂った前総理が言いました、【平成の開国だ、俺のは長州・奇兵隊内閣だ・・】

自民党民主党政権交代した時に多くの人は「江戸時代が終わって明治時代が来た・・」と思ったでしょう。僕もその論調の報道を観て一瞬そうかと思いました。しかし、まだ、江戸時代の黒船来航前、ちょうど大塩平八郎の乱の時代の一揆乱発の頃だったようです。あの頃、江戸幕府が劣化・没落し、改革派が台頭して様々な工夫こそすれ何も変えられなかった時期が民主党政権交代の2009年夏だったのでしょう。

 

あれから、聖者の顔したオバマが150年の時を経て再び来航し、開国ならぬ壊国・売国を迫ってきたのと同じです。違いは、「日本は既に充分に開国していること。歴史が1911年から1858年に逆戻りしそうなこと」でしょうか・・・?

 

http://www.youtube.com/watch?v=8G29qFqId2w

今の政治家も霞が関の官僚の多くも、TPP問題の根の深さを知ってか知らずか語ろうとしません。それでも、この人は明快にTPPの是非をNHKで語ったそうです。

 

やはり 100年の歳月は長いです。まだ生まれていない子のその孫の時代です。

もう一つの【辛亥革命】・・・これも、清朝支配からの脱却・民主化運動として中国では重要な節目の孫文の「革命」です。書くと長くなってTPP問題と離れますから今日はやめときます。

 

民主党政権には賢明な判断をお願いしたいのですが、その中枢には【文化大革命】の信奉者が混ざっていますので、期待出来ないと悲しい気持ちで国政の流れを見つめています。

 

今まさに歴史的転換点・分帰路に我々日本人は立っています・・・ 僕は【TPPには反対】です。