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Back To The Street ふろむ診療所

最期の言葉(1)

今年もあと数週間で終ろうとしているが、医師の定めとして今年も少なからぬ人々とお別れをしてきた・・・

勤務医時代の方が患者さんの死と遭遇する機会は確かに多く、死亡診断書を書くことはしばしばだったが、開業医として患者に向き合う時の特徴は、その関わりの長さにあろうと思っている・・・ まだ、開業して15年にもならないのではあるが。

 

書くかどうか迷ったが、ここ2週間ほどで「印象深い死」を立て続けに経験し、これまでにない何かを感じるものがあるので、忘れないうちに、その中の3人の「最期の言葉」を個人が特定できない工夫をしつつ書き残すことにした。

 

最初は、89歳の女性である。開業以来、13年間ほど続けて診療して来た。以前に心筋梗塞を起こされ、通院開始直後には何度か重症心不全で入院をされ、数年前にも冬の寒い日に重症心不全で深夜救急病院に入院されていた。それ以外にも、子宮の手術や眼の手術、さらには今年に乳癌の再発の手術を克服され、まだまだヘルパーさんを利用しつつ独居をされていた。通院開始当初よりも表情も良く、心不全のコントロールもついて安定していた。

 

しかし、約2週間ほど前に突然救急隊から電話があり、その女性が自宅からヘルパーを介して救急車を依頼し、『具合が悪く、苦しがっていて、どうしてもM診療所へ連れて行ってくれ・・と言われてますが、どうしましょうか? 病状は@@ですが・・』との話だった。

救急隊と病態のやりとりをする中で、どう考えても入院の必要がありそうだったので、過去に心不全や乳癌手術などで入院歴が何度かある病院への救急搬送をお願いすることとした。当院は入院施設が無いので、無駄な時間が経過するよりも、入院歴のある病院へ直接お願いしたほうが良いとの判断だったし、救急隊も同意見だった。そして、そのことを救急隊から女性に伝えてもらった。

しかし、その女性が電話越しに『イヤだ、絶対にM診療所へ』と言い張るので、電話を替わってもらって、直接本人に、「僕が先方に電話するし、どう考えても入院が必要そうだから早く行くように。うちじゃダメ、来てもどうせアッチにいてもらうことになると思うよ・・」と説得して渋々納得された。ただ、会話の様子はいつもと同じく割と普通で、ちょっと笑い声の様な感じも混ざり、『M先生がそう言われるなら、わかりました。行ってきます・・』となって、病院へ搬送願った。もちろん、信頼出来る循環器科の担当医を呼び出して、詳しい経緯と電話で救急隊を通して把握した内容を出来るだけ詳しく伝え、紹介状をFAXでも送った。

 

2時間程して、紹介先の病院の担当医から電話が入った。僕はてっきり入院後の病状報告や診断結果の連絡かと思って電話に出たが、全く予想外の内容だった・・・

 

≪先生、先ほどご紹介の女性患者は搬入後まもなく突然急変され死亡されました。到着時は意識もはっきりされていて会話も問題なかったのですが、突然の急変の理由は判りません。行った検査の範囲では特段の問題は無かったのですが。お役に立てず、申し訳ございません。ご家族にもご説明の上、お見送りをさせて頂きます≫ と、馴染みの信頼出来る循環器科部長が残念そうに伝えてきた。正直、ビックリした・・・

 

その夜、通夜に行き、診察の度に交代で付き添ってきた三人の子供さんにお会いし、もう少し詳しく話をうかがったが、もうビックリして申し訳なくて、ちょっと言葉を詰まらせてしまった。

 

もう随分と長い間、かなりの重症心不全を外来コントロールしながら幾度かの危機を乗り越えて来ていたのに、最期の最期になって患者が「是非M先生の所へ・・・」と願うのを断って、その直後に亡くなってしまうなんて・・・ 13年も診てきたのに最期に電話で断ってしまった、良かれと思ったためではあるのだが・・・

 

ご遺体の安らかな顔を見つめ、「最期に僕に会いたかったんですか? 電話で断ってゴメンなさい。来てもらっても助けられなかったでしょうけど、信頼を裏切ったのでしょうね。最期の声はあんなに元気そうだったのに・・・もう少し話したかったですね・・」と心の中で語りかけたのだが、途中から顔がぼやけてきてしまった。

あの最期の声はずっと忘れないような気がする・・・