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奈良の旅(2) 春日若宮おん祭

土曜午後4時の診療時間終了と同時に診療所の電話が鳴った。永く通院して頂いている高齢女性の娘さんからだった。「急に具合が悪くなって・・・、今から診てもらえますか?」と、電話を受けた事務嬢が内容を伝えてくれた。普段ならかかりつけ患者の場合には出来るだけ受けるようにしているが、その時は「黙ってたけど今から旅に出かけるので救急病院へ行くよう伝えて・・」と断ってしまった。

普段は陽気で元気な人なので、自分で電話しないのは余ほど悪いのかと電話を切った後に思ったが、どうせ診察できないので心を鬼にして出発してしまった。数日後に本人が来院して、「あれは孫のことでした。私じゃなかったんです、ごめんなさいね」と言われ、みんなでホッとして、そして笑った・・・

そんな秘かな心配を胸に、新幹線と近鉄特急を乗り継いで夜の9時半に奈良市三条通りの安ホテルにチェックインし、すぐさま春日大社方面へ歩いて向かった。

毎年12月15日から18日まで開催される【春日若宮おん祭】の中で、僕が最も興味を引かれて今回突如行く気になったのは、17日の行事の内容だった。幸いにも今年は土曜日の深夜だった。

17日深夜0時を過ぎた頃、春日大社摂社である若宮神社のご神体(神様そのもの)を奈良公園内の「お旅所」に運んで、数々の神楽などの芸能を一日中捧げて、夜11時が迫る頃に若宮神社へお戻りいただくのであるが、その最期の【還幸の儀】というものに非常な興味を抱いたのである。

 

その「一ノ鳥居」の先にある「お旅所」に着いた時には美しい装飾が施された大きな太鼓を打ち鳴らす音と、20名ほどの笛などが延々と奏でるなかを不思議な衣装をまとった演舞者の舞が佳境を迎えていた。

 

我々観客ではなく、神様の方を向いての芸能奉納は12世紀より途絶えることなく続いている歴史的品格を感じた。このような様々な芸能をずっと寒空の下で一日中行うのも、そして800年以上も守り通すのも尊敬に値する。

 

夜10時半過ぎ、奉納芸能を堪能された?神様を若宮神社にお戻り頂く時間となった・・・【還幸の儀】であり、24時間に渡り行われた全ての行事のフィナーレである。凄かったのだが、写真や動画をお見せできないのが残念である。というのも、カメラどころか、懐中電灯も自動販売機の電気も、公園内の街灯も、とにかく全ての光るものと撮影は禁止されており、その荘厳さは現場で寒さに震えながら体験しないと判らないと思うし、僕も伝えきれない。一応、記述してみるが・・・

 

22時40分、観客?達は「お旅所」を出て春日大社への参道の両側に並んで神様が前をお進みになるのをお待ちした。その時点でも相当暗く、数名の人が道端の深い溝に落ちて怪我されてしまうほどだった。そんな中で驚いたのが、それまで静かだったカラス?達が一斉に奈良公園内の木立の中でガーガー鳴き出したことだった。まさに神様が動いた・・・と感じ、ゾクッとしてしまうほどだった。

そして、完全に全ての灯りが消え、神様を送る神官たちの行列の先頭で二本の大きな松明に火がともされた。その松明は参道の両側を引きずられ、チラチラと火がついた木屑を真っ暗闇の道しるべの様に足元に描くように幻想的な道を灯してくれた。その灯りの道に導かれるように神様を運ぶ20名ほどの神官たちが進むのだが、これがスゴイ・・・

暗いからだけでなく、神官たちにがっちりガードされて神様の姿は見えないのだが、神官たちの怖くなる様な唸り声のコーラスがずっと続く。それは正に「見てはならないもの、触れてはならないもの、描いてはならないもの」と感じさせるに充分な唸り・・・だったと今でもゾクゾクしてしまう。

その匿われた神様の後を200名ほどの神官や芸能関係者が歩み、その後に500人以上かと思われる観客・信者・もの好き達が続くのである。真っ暗な中、道端の溝に落ちまいと、松明の残した僅かな灯りを頼りに我々は黙々と身を寄せ合って春日大社の方向へ歩いた。だが、実際には黙々とではなく、関西弁で他の人の世間話を延々と聞かされて、折角の神聖な行列が世俗的な見世物に落ちる危うさも感じながら初めての春日大社境内へと真っ暗な参道を進んで行った。

恐らく1km以上は歩いたと思うが、若宮神社の神様が無事お戻りになられた23時40分、ポワン・・・と境内の灯りが点った。美しい朱色の春日大社を僕が生まれて初めて見た瞬間でもあった。真っ暗な中を進んでイキナリの点灯なので、幻想的な「神様の居場所」に浮かんでいるような気さえした。

 

全ての観客・信者・もの好き達は参拝を終え、夫々に勝手に帰宅するのであるが、僕は他の人に続くように深夜の春日大社の境内をアチコチ歩きまわった。正直なところ、真夜中の霊験あらたかな神社をうろつくのは良くないことと思う。結構怖いモノがあった・・・ 更なる寒さが身を凍らせてくれた。

 

足早に参道に戻って「お旅所」を抜け「一ノ鳥居」をくぐり、興福寺と猿沢の池の間の三条通りを進んだ。もう五重塔のライトアップは消えていた。途中、多くの酔っ払いや学生コンパ帰り連中と出くわしたが、奈良の住民さえ行かない深夜の儀式に遠路遥々参加する開業医も滅多にいないだろう?と我ながら少々呆れたものである。

 

このような画像も音声も体感温度も残せない祭が古都のど真ん中で800年以上も続いて行われてきたなんて・・・やっぱり凄い。皆さんも一生に一度はいかがか? でも雨天や雪の日はどうしたのだろうか? そして、帰宅時のために懐中電灯はお忘れなく・・・帰宅時の奈良公園内も真っ暗闇だから。なんか「鹿男」に付け回されている気がしたものだ。

 

奈良の旅(3) 【山の辺の道】へと続く・・・