読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Welcome To The Heartland

Back To The Street ふろむ診療所

越年旅行・大晦日

開業 / 病院経営

皆さま、あけましておめでとうございます

当地では雪が舞い散る寒い年明けになりました。当院もつつがなく新年の仕事始めを本日正月2日よりスタートいたしました。

透析患者さんもお元気に、有意義に生きるために頑張っていますし、スタッフも誇りを持って正月早々それをお手伝いする仕事に張り切っています。認知症要介護者の皆様も、入居施設の外の雪を眺めながら暖かな心で時の移ろいを感じられていることでしょう。スタッフも年越し勤務、ご苦労様です。

 

さて、院長である私も昨年から今年にかけ、足掛け2年もの長きにわたって診療所を空け、きままな旅をしてきました。こうしてノンビリと行きたい場所に旅行に行けるのは、世の中の納税者の皆さんのおかげです。決して政治家のおかげでも経団連のおかげでも中国のおかげでもありません。しいていえば、神様・仏様・ご先祖様のおかげでしょうか・・・

ということで、大晦日の午後3時に仕事を終わらせ、旅に出ました。といっても東海地方の大都市にある妹の家ですけど・・・。そこで、両親と一緒に妹家族と年越し?の夕食をともにしました。初めて妹家族の家を訪れましたが、想像していた以上に妹が幸せに暮らしていて、それを嬉しそうにしている年老いた両親の姿を見るのは僕自身も嬉しいです。

兄弟は他人の始まり、兄・妹はそれぞれ別の道を歩むのは世の定めではあるものの、やはり遠くに暮らす妹が幸福か否かは自分自身の幸福とも無縁ではありませんから。こうして、50歳を過ぎた僕が両親とともに妹家族の家を訪れることが出来るのも幸福なことと感じます。特に、2011年は色々な不幸な出来事がありましたから、家族の絆を再確認する年となりました・・・

 

しかし、開業医である僕にはゼンゼン時間が無い・・・ 年越し旅行とはいえ、実質上は土曜日の夕方から日曜日の夜にかけての時間枠の中での旅であって、体力も気力も意欲も、ついでにお金も存分に発揮して、自分に使える時間を最大限有意義に使って、明日への活力にすることになります。でないと、本日から患者さんのためにバリバリ働くことなんか出来ませんから・・・  そいうことは周りのみんなが判ってくれていて、家に残してきた愛妻と可愛い子たちも、「気をつけてね・・」と送り出してくれるので有り難い。

 

そこで、大好きな法然院の除夜の鐘を突きに大晦日の23時を回る頃、僕は京都駅に降り立った。前夜に予約したホテルは近鉄京都駅の真上に新しく出来た非常に便利な場所で、部屋を出て5分後には確実に近鉄や新幹線に乗れるという優れモノ・・・「お気に入り」に追加した。

地下鉄烏丸線烏丸御池東西線乗換の際は満席の状況、東山方面は賑やかだ。平安神宮へ向かうのか? 

僕は真夜中の哲学の道永観堂の付近から北へと歩いてみた。付近に民家の灯りはあるものの、道自体は真っ暗で人通りも殆どない。時折自転車で急ぐ数人組がいるが、全部で10人程しかすれ違わなかった。東側に寺やその奥に墓地も連なる哲学に道、夜は東山の暗く大きい姿がより迫り来るようで・・・ 大晦日以外ならお薦めしない。

しかし、大晦日の23時半ころから新年を迎える頃のあの辺りは、あちらこちらの寺院の除夜の鐘が、大きく小さく・高く低く・冷たく暖かく・せわしなくユッタリと・・・ボーン・がーん・ごーん・・と様々に鳴り響く。正に京都随一の隠れスポットである。しかし、怖がりのひとや眼の悪い人は止した方がいいでしょうし、くれぐれも疏水の中に落ちない様にして欲しい。

 

暗い夜の哲学の道は、思索するにはもってこい?である。そうして、寒さに逆らうように急ぎ足で北へ向かえば、段々と大きくなりだした聴き慣れた鐘の音色・・・ 時折「失敗したようなよわよわしい音色」も交えながら、大文字山の真下にある法然院の鐘が紛れもないものになって行く。

23時55分に予定通り脇門から境内に到着、長い列に並んだ・・・ 鐘楼は東山の裾野を利用した小高い場所にあり、煌々と灯りが照らされ、人々の列が坂を上っている。以前と同じ景色だ。毎年同じような光景が繰り返されているのであろう、全国どこの寺社の除夜の鐘では・・・

f:id:murasawatakehiko:20170111222315j:plain

 

法然院は何度か書いたが、僕が一番好きな寺院の一つだ。魅力は色々あるが、過去の記事を探して欲しい。梶田管主のお姿が鐘楼台にあった。澄んだ大きな声で、一般人が突く鐘の数をカウントされていた。

f:id:murasawatakehiko:20170111222352j:plain

 

ここは列が終わるまでずっと「一人づつ」鐘を突かせてくれ、記念品までくれる。毎年、1時半は回るのではなかろうか、今年僕は50分並んだが、更に30分以上の列が続いていた。去年の大晦日は大雪の京都、グループにまとめたり整理券を配って108回で終わらせないのは法然院の優しさだと感謝している。

それは医師が一人ひとりの患者の声をずっと延々と列が終わるまで聞くべきなのに似ている。簡単に出来ることではないが、並ぶ人には並びたいだけの「気持ち」があり、容易く鎮めることのできない煩悩が宿っていることは僧侶には当然判っているので、梶田さんはニコニコしながら我々の願いに応えてくれる、寒さで足を時折スリスリしながらも・・・

ここは素晴らしい場所で、それを聴きつけた外国人も多い。梶田さんが、「フォーティーセブン」とか急に英語でカウントすると、深夜にドッと笑いさえ巻き起こる。ドイツ語科を出たインテリ坊さんの暖かさだ・・・

一応は「ひゃくやっつぅ」というカウントで、「少しお待ちください」と、鐘の下で念仏が唱えられる。僕の直後に2順目が終わり、「これから三順目です」と、まだまだ続く参列者にこたえられていた。周囲に民家が少なく、苦情も無いのであろうが、ご苦労なことであり、かつ有り難いことである。外国人にも好かれるのは当然だ。

ただ、除夜の鐘を待つ時の周囲の雑談には少々うんざりする。僕がいくらシンミリと一年を振り返ろうと沈思黙考したくとも、チャラチャラした雑談が台無しにしてくれる。まあ、それも庶民の「ありのままのすがた」ではあるのだが、静かに並んで、他の人の打つ鐘の音の美しさに耳を傾けてくれんかのう???

f:id:murasawatakehiko:20170111222415j:plain

 

そうして、煩悩をますます大きくさせながら、「時は鐘なり」 じゃなかった「たいむ いず まねー」と、初詣に北野天満宮へ詣でてきた。深夜2時近かったが、若い人で一杯だった。火縄はホテルへ持ち帰れないので、あちこちの社にお参りをして、明日へ備えホテルへと戻った・・・

 

2年目の旅へ続く・・・