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理想の死

まだまだ煩悩を抱え、決して死ぬつもりなどないが、今日は久しぶりに映画「レミゼラブル」のDVDを観かえした際に感じた「理想の死」について書き残したい。

レミゼラブル」に関しては過去に数回ブログ記事にしてきた。世間の様々な高尚な、あるいはマニアックな知見など遠く及ばぬながら、これまで25年以上前のロンドン公演を始め、国内外の数カ所のミュージカル舞台や25周年記念ロンドン公演を観て、更には原作や解説本なども一応読んでみた。

しかし、昨年の映画に勝るものはない・・・と、今も感じる。

映画・物語の中では非常に多くの登場人物たちが命を落としていく。命に軽重はないが、最後の最期、ジャンバルジャンの死の場面(この映画での)こそは今僕の思う「理想の死」かもしてないなぁ・・との想いを抱いた。そんな自分自身の死を重ねた想いで舞台や映画を観たのは初めてだったし、今にして初めて気がついた映画の中の「天国」に関しても、「あぁ、そうだったのねェ・・」と、今さらながら出来栄えの良さに感動したものだ。

ジャンバルジャンが最期に死期を悟ったタイミングで、最愛の養子娘コゼットと、その愛する夫であり自らが命を救ったマリウスに手紙を渡し、言葉を交わしつつ見守られながら最期の時を迎える。これこそが愛の奥儀、イデア、エロス・・・ソクラテスの理想の愛と全く同じなのだろう。何かを生んで次へとつないでいく・・・

そしてその時にジャンバルジャンを天国から優しく迎えに来たのが麗しいファンティーヌで、天国への扉を開いてくれたのが更生のキッカケ・見返りを求めぬ愛の理想像を授けてくれたミカエル司教で、ついに辿りついた「天国」の革命広場でバリケードの上で声を合わせて明日への希望を歌う死者達・・・人生の仲間たちとの再会・・・

僕は実は最期のバリケードの場面では、死者ではないマリウスも登場し高らかに歌っていると思っていたし、バリケードと対峙する政府軍が取り囲んでいるとばかり思っていたのだが、そこには「敵対する軍勢、障碍」など全く無いということに恥ずかしながら今日初めて気がついたのだった。

多分、ミュージカル舞台の場面でも同様の演出がされているのだろうが、不思議と全く気が付かなかったのである。映画の表現力には敵わないであろうが・・・

僕にとっての「天国や浄土、来世」への導き手、安心して魂を預けられるファンティーヌ役は果たして誰であろうか? まだ出会っていない人なのか? それとも家族の誰かなのか、尊敬する人なのか?

あんな「死の場面」は理想であるが、あんな「天国」もまた理想である。

ただ、歳を重ね人生を進むうちに想いは変化していくかもしれない・・とも思う。