Welcome To The Heartland

Back To The Street ふろむ診療所

Dilemma

ちょっとカッコつけて横文字で書いてみたが、ジレンマに悩まされている。

もう50代半ば、既に人生の後半戦の真っ最中である。医師としては医学の発展と医療技術の進歩に少々置いて行かれ感を自覚しているし、体力的にもピークは完全に過ぎている。今では65歳まで延長されつつあるというものの、実質あと5年やそこらで定年を迎える年頃だ。

それなのに・・・

ますますガムシャラに働き続けようとする自身の性格にチョット驚くこともある。何が嬉しくてそこまで働きたいのか・・・、たいした成功を期待できる訳でもないのに・・・、奇跡の様なこれまでの健康状態がどこまで続くか予測できないのに・・・、半分以上も税金で持ってかれることが明らかなのに・・・、そして時間が万人に平等にしか分配されていないことは百も承知であるのに。。。

労働という観念は全く無い・・・

収入を得る目的とも明らかに違う・・・

誰かと今さら競争して勝ち抜く気持ちなど無い・・・

世間に注目されたいなどとも思わない・・・

新技術を発明する能力などサラサラない・・・

医師の仕事を天職などと感じたことも残念ながら無い・・・

命を削ってまで誰かを救おうとまでは覚悟できていない・・・

 

それなのに、なぜか頑張れるだけ一生懸命働きたいとずっと思ってきた。

自由な時間、自分の時間が逆にドンドン削られれていくことで自身が壊れるのではないかという恐怖心に一昨年襲われて土曜の午後を休診にしたものの、どんなに自由を謳歌してそうに思える土曜の午後にも決して安息は訪れない・・・

仕事してないと落ちつかないのだ・・・

一日の仕事を終えて深夜眠りにつくときはホッと幸福観さえ抱けるのだ・・・

そして、ふとした時に、自身の残された人生の時間、自由な時間の極めて少ないことをチョッピリ恨んでボヤくことが毎日の楽しみの一つだ・・・といえばウソに聞こえるだろうか? でも嘘じゃない。そんな自虐的な日々こそが僕の喜びなのである。

でもそれは異様なことだろうし、旅行も出来ずに365日24時間の仕事の携帯電話からの「絆」に繋がれた生活をもうどれくらいして来ただろう。それでも勤務医の頃はまだまだ自由が沢山あった。開業医になって、今の僕には真の自由など一切ない。

生活する時には必ずジレンマは付きまとうのであろうが、「もっともっと働きたい」ということと、「もっともっと自由でありたい」という気持ちを両立させるには人生をやり直し仕事も変えるしかないのであろうが、もうやり直せる年齢をとっくに過ぎている。

成功しているかに見える僕の人生かもしれないが、ジレンマだらけの切ない人生であることを時々ふと思い知らされる・・・

読んでくれてどうもありがとう