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Welcome To The Heartland

Back To The Street ふろむ診療所

身代金払って人質解放・・・の想い出

こんな記事をかつて書いたことがあった。


ルーマニアの旅(4) - Welcome To The Heartland

2006年12月21日の記事だ。昨日書いた戦車の前の写真の翌日1990年8月27日の記事だ。村澤武彦さんがルーマニア国境の駅で軍により強制下車させられ、身元不明のタクシーに乗せられ、ど田舎のアジトに引き込まれ、数時間の拉致監禁の後に莫大な身代金を払って国境の向こう側(ハンガリー)の駅で無事解放された話である。たった半日の出来事ではあったが、ネットも携帯電話も何にも外部へ連絡できないまま軍隊の指示で国外に出れない【恐怖】を味わったわけで、居場所がわかってるわけでも日本政府に連絡してくれるわけでもなく「誰にも知られずに世界の片隅でひっそり殺されるかもしれない恐怖」を味わったことを今回のISIS人質事件で想い出してしまったので、当時の写真を少し・・・

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まずは、上の様な文章や記事に引かれて若い独身の村澤さんはルーマニアに潜入したわけです。最も衝撃を受ける場所・・・ 革命後も混乱が続くルーマニア・・・

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まるで魔法の呪文のように村澤さんの熱き血潮をたぎらせ導いたのでした。そして忙しい病院を抜け出し飛行機に飛び乗ったのでした、何の情報も仕入れないままに・・・ 無謀でした、自己責任ですけど。

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チャウシェスク政権が大統領夫妻の銃殺刑で幕を閉じて8カ月・・・ まだまだ各地で革命の嵐が吹き荒れていましたが、ブカレスト市民の表情は明るく、妖精コマネチみたいな美しい女性に囲まれ村澤さんはご機嫌でした。

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しかし、国境の駅で拘束拉致され連れて行かれたど田舎の村は明治の日本の田舎のようでした、多分。怖かったけど、いい人みたいで・・・ なんと100ドルでハンガリーに連れ出してくれることになりました。どこまでも続く砂漠・・・、じゃなかった、草原を「ホントに国境を越えられるのかなァ? また、2億ドル要求されちゃうかも?」とかなんとか不安感に怯えながらオンボロなタクシーに乗り込みました。

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当時のルーマニアでは家族が数か月は暮らせそうな大金でしたけど、拒否して殺されルーマニアの農村で豚のエサにされるくらいなら身代金100ドルなんて安いものです。日本政府に連絡できず、自分で払いました。

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その大金が運転手の感謝のキスをもたらしてくれました。こっちも笑顔ですが、無事に人質解放された感動の笑顔であって、決して男にキスされて感激して笑顔が出ちゃったわけじゃありません。

まあそんな訳で、僕は旅の危険は基本的に自己責任と思っとります。危険な場所に自分の興味や都合で勝手に行くんですから死んでも誰も責めたりはしません。

昔話を読んでくれてどうもありがとう

(後記:注)

この記事は後藤さんの不幸な映像が出る前に書きました。誰も責めないといっても「テロ実行犯」は別です。決して許しがたい。ご冥福をお祈りする。日本もこれからが大変でしょうね。