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Welcome To The Heartland

Back To The Street ふろむ診療所

入学試験の季節

今日明日は国立大学の入試、言わば多くの若者の人生を劇的に左右する瞬間でもある。あれから早36年が過ぎてしまった。この先、恐らく36年後には生きていないだろうから、医療・医学を学び始めて他界するまでの半分以上を生きたことになるだろう。人生は決して長くないとつくづく感じる。そして医学を学んで良かったとも正直感じながら生活をしている。

二人の子供たちもここ数年で医学の道を歩みだしてくれて、ようやく少し親の務めも荷が軽くなった気がして、今は「出来るだけ患者の気持ちに寄り添える学びを忘れない医師としての人生を歩んでほしい」と細やかながら願うばかりである。

少子化で大学の門は随分と広くなったが、医学部の門はあまり広がってはいないみたいである。よくわからない制度、AO入試とか編入制度とか推薦制度とかセンター利用の私立とか、公平さに疑問が湧くような地域枠とかもあって、なにか不可思議な入試の世界が医学部にも及んでいるらしい。想えば、あの頃はシンプルで良かった・・・

36年前とは言いながらも、昨日のことのように全てを覚えている。教室のどの辺の席に座ったかとか、面接試験の際の同じグループの面子とか、可愛かった女子学生の面影も何もかも。

幸か不幸か京都で1年間の素晴らしき浪人生活を過ごすことが出来たのだが、東山南寮の仲間たちは永遠に心の友である。

子供たちの一人は僕と同じ高校へ通ってくれた。一人は同じ大学で学んでいる。片方は浪人生活の苦労の気持ちを共有してくれた。片方は同じヨット部で青春の一時期を過ごしている。

二人の子供は小学生以来全く違う学び舎で時を過ごし、大学生活も遠く離れた街で過ごすことになったが、僕と同じ医学の道を歩んでくれていて、今では親子の感情よりも同志の気分に近いものを感じるから不思議だ。

しかし、入学試験ってのは実に残酷なものだとも思うのである。現役の時の受験失敗の際はどこにぶつけていいのか判らないムシャクシャした気持ちが溢れてしまい胸が張り裂けそうだったが、予備校で良き師、良き仲間と出会えて「まわり道も捨てたもんじゃないなァ」と、その後の人生で度々感じた想いを初めて味わったのもあの頃だったような気がする。時に挫折も人生には必要というか、有難いものなのだろう。順風満帆だけが人生じゃない。後からしか気が付けない真実だろうと思う。

今年の入試も私立、国立と続いて終盤戦。まだまだ後期試験もチャンスがある。もちろん、今年ダメでも来年も再来年もずっとチャンスは続いていく、希望さえ失わなければ・・・

浪人時代をもしかしたら辛く過ごした受験生にも今年こそは花が咲けばいいなァと切に思う。同じ景色を見ても喜べなかった去年の受験期と違った春が多くの健気に頑張っている受験生諸君にやってくることを願う。ただ、それでも確かに凄く厳しく狭き門の大学があることもまた確か。挑戦する気持ちを大切に、最後まで頑張って入学試験を楽しんでくれ、受験生の皆さん・・・

読んでくれてどうもありがとう