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ユースホステル & 民宿

IT音痴の僕がブログを書き始めてもうすぐ9年になる。過去に書いた記事の内容も忘れがちで、懐かしさも手伝ってこの記事を書いている。

murasawatakehiko.hatenablog.com

先日、大分県湯布院にあるユースホステルに実に36年ぶりに宿泊したのだが、それは他の湯布院の宿で一人泊可能な空部屋が少なかったことによるが、実は前の週末に長崎県雲仙で道連れとなった若いサイクリストから貰った「若い気分」からだった。

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彼は自転車に積んだ約5kgの荷の他に10kg程もある重たい荷物を背負って九州一周の自転車旅をしていた。宿泊は主にキャンプ場らしく、そのための荷物が重いようだった。ランドナー仕様でもなく、キャンピング用でもなく、いわゆる軽量ロードバイクで、まんまロード乗りの姿で走るその姿は長距離の自転車旅としては少し違和感もあったが、そこはあくまで個人の趣向なので野暮なことは言わない。ちなみに彼は自身のことを「変態」と呼んでいた(笑) 変態君は5月には四国をこうして旅したらしい。

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 35年もむかし僕が自転車旅(北海道、紀伊半島、四国、京都、九州など)をしたころの宿泊先は、75%が民宿、10%がユースホステル、5%がビジネスホテル、5%が夜行列車内、5%がロマンポルノを上映する深夜映画館・・・だったかと思う。流石に映画館では興奮して眠れなかったのだが・・・

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今よりはるかに民宿やユースホステルは沢山あり、深夜映画は入れ替えなく朝までいてもOKで、夜行列車での輪行はとても楽しかったが、どれも今は凄く減ったらしい。そして、僕が1979年の夏に訪れた北海道の礼文島YHや浜頓別YHは既に閉館しているとの事・・・、少し寂しい気分になる。

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ただ、ユースだとばかり思っていたサロマ湖の「船長の家」が実は民宿だったり、実は僕は民宿の方がユースよりも好きだったに違いない。こじんまりした民宿に宿泊すると、そこの娘さんが翌日近くを案内してくれたりして、なんとなくほのぼのした気配が好きだったのだろうか? もし僕が先を急ぐ旅人でなかったら、今頃たとえば紀伊半島のどこかの田舎の民宿のオヤジになっていたのかもしれない(笑)

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「あの頃は楽しかったなァ・・・」というオヤジ専用フレーズもまんざら間違っていない程に1970年代後半~80年頃の若者達は日本という国を旅する喜びを知っていたのではなかろうか? まだ「地球の歩き方」も無く、当然ながら携帯もスマホもクレジットカードも使えず、飛行機はスカイメイト空席待ちで、夜行列車やフェリー泊、チンチン電車や田舎のバス・・・何もかもノンビリで焦らなくて、お金は無くても希望と夢と自由な時間だけはいっぱいあって・・・

「そんな時代もあったねと いつか笑って話せるわ・・・」

想い出すと色んなあの頃の歌まで聞こえてきて、ちょっとセンチになる秋の夜(笑)

読んでくれてどうもありがとう