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Welcome To The Heartland

Back To The Street ふろむ診療所

大人の作文①

            【 3年の月日 】      村澤 武彦   2015年10月28日

 これはきっと作文ではなく、恐らくは手紙なのだろうと思いながら締め切り前夜に書いています。N君発案の「大人の作文」、40も歳を重ねたらヤッパリ気恥ずかしくて書けません。確かに中学の恩師T先生達のおかげで様々なジャンルに興味を抱き沢山の書物を読んできましたし、先生に宛てた3年前の手紙でもお伝えしたように、Blogという媒体に10年間も飽きもせず日々綴った文章を書き続けています。既にその数は2000編を超えています。数冊のエッセー集が出来るほどですが、本音を書き残すというのは妙に恥ずかしいもので、身近な誰にも知られないよう匿名にしています。かつて顔から火が出るほど恥ずかしい作文を文集に載せてもらった際には川に沈めて消し去ったものですが、今では削除ボタンひと押しでこの世から永遠に消し去ることも、逆に世界中の人々に晒すことも出来るようになりました。今のところ一番熱心な読者は自分自身のようですが、何年も前に書いた文章を読み返すと、当時の忘れてしまった記憶が甦り、感心したり苦笑いをしたりして愉しく時空を超えた旅をすることが出来、それを励みに週に何度も感じるままに残したい想い、将来の自分や成長した子供らに伝えたい想いなどを書き続けています。

 恩師のT先生に宛てた手紙、先生からの返信、それに対しての礼状をつい先ほどこの文手紙を書くにあたって読み返してみました。「近くお会いして著書にサインを戴きたい・・・」と書きながら既に3年以上が経過していました。つい先日の事の様に覚えているのですが、3年間というと中学の期間よりも長く、親父の歳の様な先生を思うと「シマッタ・・」というのが正直な気持ちです。近くお元気な先生にお会い出来る機会を同級生たちが作ってくれるようで楽しみにその日を待っています。是非とも著書にサインを戴きたいですね。

それにしても筆やペンで書いた手紙というのはいいですね、電子メールとは何もかもが違うと感じます。つい先日、留学に行く際にしまい込んだ多くの「宝物」が倉庫のいくつもの段ボール箱に残っているのを発見しました。ノート、スケッチブック、カセットテープ、写真アルバム、本、レコードなどに混じって20代の頃の手紙がいくつも見つかりました。中にはひっそり隠していたかのような場所に女性からの手紙を見つけたり、患者さんから新米研修医に宛てた手紙がポロっと出てきたり、思いを込めたであろう便箋や封筒、切手やペンの字体など今ではもう失われつつある手紙文化の良さを改めて想い出すことが出来ました。

先生との手紙のやりとりから早3年、あれから僕も随分と変わりました。二人の娘も大学生になり、妻との諍いの種も減り穏やかな日々が再びやってきました。一人は高校の後輩、もう一人は大学の後輩になってくれ、きっと幸せな父親なのだろうと思います。両親も自分のことは何でもまだ自分で出来ますし、仕事も順調過ぎるくらいに忙しくしています。困っているのは自由な時間、十分な休みが取れないことくらいでしょうか。でもそれは贅沢な悩みに違いありません。この3年半でメタボも克服し、身体も精神も若返り、色んな初めての場所も旅しました。もちろん仕事はキッチリこなして土曜の午後から日曜にかけての時間しかないのですが、短い自由な時間を有意義に使うのが我ながら上手くなった気がします。もう56歳、きっと僕らは大人になったのでしょう。20歳の頃、「つまんない大人にはなりたくない」とシャウトする歌手と出会い、今でも毎年その人のライブコンサートに参加しています。そして時々自問自答します、「俺はつまんない大人になったのだろうか?」・・・と。