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次は高野街道を歩いてみたい

今年初めて奈良県吉野山に出かけたことは確か4月に書いたかと思う。

少し想像を超えた世界だったので、いつかまた行ってみたいし、桜に気が向いて時間が遅くなったので、実は金峯山寺を参詣できなかった。

何が想像を越えていたかというと、「交通手段の無い時代に、どうしてこんな辺鄙な山奥に信仰聖地が?」という点と、「どうしてこんな山奥の信仰聖地に鉄道やケーブルカーが完璧に整備されるの?」という点だった。

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比叡山の場合にも八瀬からケーブルカーやロープウエイなどが整備されていて、出町柳から便利この上ないが、京都から近くて見通せる場所だけに「どうしてこんな山の上に?」というのはあっても、「どうしてこんな山奥に?」という感覚は無縁だった。

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そして今回は和歌山県高野山に大阪からフラッと出かけてみたのであるが、初めて利用した南海電車が驚くほど信仰聖地を身近な場所にしていると感心した次第である。そして吉野山高野山は、近鉄が導く伊勢神宮ともまた異なる聖地らしい聖地を感じたのである。どうして飛鳥時代吉野山が、どうして奈良から平安時代高野山が、あのようなどう考えても関西圏の中でも辺鄙な山奥に、信仰聖地として選ばれ発展を遂げ、多くの人々が遠くから集まる場所へとなるまでになったのか興味が出てきてしまった。

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古道で結ばれる熊野とはまた少し意味が違うような気がする。平安時代の熊野詣は高野山の庶民性(といっていいのだろうか)とはまた異なる趣の信仰聖地だと思うが、奈良や京都に暮らす王侯貴族までもがなぜあのような時間をかけて繰り返し詣でたのか不思議でならない。恐らく、僕の感性が乏しいのだろう・・・、吉野でも高野山でも宗教的聖地としての厳粛な気分には浸れなかった。

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高野山にはまた行ってみたい。今回は実は南海鉄道での橋本駅高野下駅からまるで登山鉄道の様な趣でギシギシ震う様な軋みをあげながら標高530mの極楽橋まで運んでくれる時間がハイライトだった。

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事前の知識が無かっただけに、南海鉄道には感動し、感謝し、車窓に釘付けになった。斜度30度というケーブルカーも素晴らしい・・・

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ただ、次は高野街道京大阪道や石垣道や熊野へと結ぶ古道を歩いてみたい。

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世界遺産らしいが、高野山ではフランス語の案内が幾度も聞こえてきて、逆に中国語や韓国語は無縁の世界が実に新鮮だった。確かにフランス人が好きそうな高野山・・・、でも僕は「空海はまだ生きています」というのがどうしても受け入れにくいし、あそこまで多種多様な有名人の墓碑が存在することがどうしても理解できない・・・(笑)

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まあ、こういうと天罰が下りそうで怖いのだが、誤解を恐れずに言えば、お釈迦様にたいする空海の存在は、ユダヤ教キリスト教の世界でのマホメットの存在ににている様な・・・。チョッと浅はかすぎる感想なので真面目に批判されると困るのも確か・・・(笑)

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そんな訳で、初めての高野山・・・いいとこでした。